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彦島のけしき

山口県下関市彦島から、風景・歴史・ものがたりなど…

ペトログラフとは… 

■ペトログラフとは…

 ギリシャ語で、ペテロ:peteroは、岩を意味し、グラフ:graphは、 文様や文字を意味する。 古代人が岩石に刻んだ文字や文様の事で、「原初文字」と言われるものである。
ペトログラフの研究は、今世界的に広がっていて、日本でもたくさん発見され、6,500年前には、文字を使う人々がこの列島にいた事が事実として受け入れられている。

■彦島のペトログラフ
 
◆彦島杉田遺跡
 関門海峡の「武蔵・小次郎の決闘の場」として有名な巌流島を真下に見下ろす形でこんもりとした丘陵、それが、杉田丘陵である。 その頂上に1メートル角大の岩が数個あり、最も大きい平たい岩に不思議な絵とも文様ともつかぬものが見つかったのは、大正13年(1,942年)の事であった。
「恐れの杜」(おそれのもり)、「祟り岩」(たたりいわ)と呼ばれたり、「こっそりと願い事をすると叶えられる岩」として地元では、よく知られていた。
 杉田丘陵は、関門海峡を見渡し、反対側の響灘の一部も見渡せる場所であるため、古来、戦略上の重要拠点であった。
◆杉田遺跡は、「彦島神殿」か?
 この遺跡の岩から、合計三十個のペトログラフが検出され、それらの文字は、セム語系(シュメール、バビロニア文字)と北方ツングスのエニセイ文字系のものが入り混じったものである事が指摘された。 その多くの文字は、紀元前2千年から紀元300年頃までの幅広い年代のもので、発掘品がないために、絶対年代の特定は出来ない。
 しかし、「古代のいつの時代か、シュメール文字を知っていた集団が何らかの形で彦島に上陸し、祭祀(さいし)をした神殿ではないか。」と推定する学者もいる。


彦島八幡宮HPより

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Posted on 2018/06/18 Mon. 12:26 [edit]

category: 彦島あれこれ

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浜小倉駅 

九州の鐵道の歩み(昭和48年刊)
浜小倉駅
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Posted on 2018/06/18 Mon. 12:24 [edit]

category: 九州の鉄道

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鮮魚特急とびうお 

九州の鐵道の歩み(昭和48年刊)
鮮魚特急とびうお
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Posted on 2018/06/18 Mon. 12:22 [edit]

category: 九州の鉄道

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竹松飼料ターミナル 

九州の鐵道の歩み(昭和48年刊)
竹松飼料ターミナル(昭和44年)
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Posted on 2018/06/18 Mon. 12:20 [edit]

category: 九州の鉄道

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自動車輸送専用アロー号 

九州の鐵道の歩み(昭和48年刊)
自動車輸送専用アロー号
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Posted on 2018/06/18 Mon. 12:16 [edit]

category: 九州の鉄道

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コンテナ特急さち1号 

九州の鐵道の歩み(昭和48年刊)
コンテナ特急さち1号(昭和47年)
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Posted on 2018/06/18 Mon. 12:13 [edit]

category: 九州の鉄道

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熊本操車場 

九州の鐵道の歩み(昭和48年刊)
熊本操車場(昭和38年)
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Posted on 2018/06/18 Mon. 12:11 [edit]

category: 九州の鉄道

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東小倉荷物センター 

九州の鐵道の歩み(昭和48年刊)
東小倉荷物センター(昭和45年)
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Posted on 2018/06/18 Mon. 12:08 [edit]

category: 九州の鉄道

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門形クレーン 

九州の鐵道の歩み(昭和48年刊)
門形クレーン
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Posted on 2018/06/18 Mon. 12:06 [edit]

category: 九州の鉄道

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下関観光検定050 

【質問】

外国船打ち払いはアメリカ商船、フランス軍艦と続きますが、アメリカ軍艦に報復され、さらにフランス軍艦二隻の襲来を受けます。
このときは一方的に負け、ついには上陸を許しました。
このとき占拠された砲台はどこだったでしょうか。

【答え】

前田

【解説】

外国船打ち払い(攘夷)は、アメリカ商船、フランス軍艦、オランダ艦船と続きました。
ところがこの知らせを受けたアメリカ軍艦ワイオミング号が6月1日に海峡に姿を見せ、砲撃して長州の軍艦二隻を撃沈し一隻に再起不能の損傷を与えて去りました。
さらに6月5日、フランス軍艦二隻が来襲し、前田、壇之浦の砲台に弾丸を撃ち込みました。
そして、フランス軍は、陸戦隊70人、水兵180人の兵力で、前田の東海岸に上陸、前田の砲台を占拠し、大砲を使用不能にして引き上げました。


関門海峡歴史文化検定問題集より 下関商工会議所発行
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Posted on 2018/06/18 Mon. 11:58 [edit]

category: 下関観光検定

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関門トンネル開通 

北九州思い出写真館より
関門トンネル開通(昭和33年)
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Posted on 2018/06/18 Mon. 11:57 [edit]

category: 北九州

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大雨災害 

北九州思い出写真館より
大雨災害(昭和28年)
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Posted on 2018/06/18 Mon. 11:55 [edit]

category: 北九州

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大雨災害 

北九州思い出写真館より
大雨災害(昭和28年)
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Posted on 2018/06/18 Mon. 11:53 [edit]

category: 北九州

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大雨災害 

北九州思い出写真館より
大雨災害(昭和28年)
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Posted on 2018/06/18 Mon. 11:50 [edit]

category: 北九州

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衣料切符 

北九州思い出写真館より
衣料切符(昭和24年)
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Posted on 2018/06/18 Mon. 11:47 [edit]

category: 北九州

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彦島のけしき《老の山》 

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Posted on 2018/06/18 Mon. 11:44 [edit]

category: 彦島のけしき3

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彦島七浦七曲り 

彦島七浦七曲り


平清盛が、天下を治めていたころのこと、平氏の祈願所をつくるために、全国に測量班を差し向け“七里七浦七曲り”の場所を探させました。
もちろん浦があるところといえば海岸線ですが、なかなか一つの土地に七浦もあるところは見つかりません。
あっても五浦とか、たまに七浦をみつけて大喜びしてみると、七里にたらなかったりして、いつもがっかりするのでした。

七という数字は大変縁起のいい数字で、その七が三つ続けばなおさら幸運をもたらすものと、平清盛は信じていましたから、全国の“七里七浦七曲り”の候補地五十箇所をしらみつぶしに調べ、残っているのは長門の国の彦島と安芸の国の宮島の二箇所だけになってしまいました。

はじめに彦島の測量からはじめました。
七浦七曲りあることは、簡単にわかりましたが、測量となるとたいへんな努力と労力がいります。
長い紐を使って測っていくのですが、四里、五里とすすむうちに次第に希望がわいてきました。
五里半、六里、六里からは、一間、二間、三間と数えていきましたが、あとわずかの距離で、どうしても七里にたりませんでした。

こうして彦島の祈願所つくりは夢物語におわり、残りの安芸の宮島が“安芸の宮島回れば七里、浦は七浦七曲り”といわれるように、ここに祈願所がつくられたのでした。


(注)
明治になって彦島を測量してみますと、六里十五町五十一間(約25.3キロメートル)でした。
七里は約27.5キロメートルですから、わずか2.2キロメートル足りなかったことになります。
ところで彦島の七浦というのは、宮ノ浦、江ノ浦、伊佐木ノ浦、鯉ノ浦、桃ノ浦、福浦、名古浦ですが、埋め立てなどですでにわからなくなったところもあります。
いま字名で残っているのは、福浦、江ノ浦、伊佐浦、名古浦の四ヶ所です。


『下関の民話』下関教育委員会編
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Posted on 2018/06/18 Mon. 11:40 [edit]

category: ひこしま昔ばなし

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はたけ37-10 多肉植物 

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Posted on 2018/06/18 Mon. 11:39 [edit]

category: はたけ

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はたけ37-9 多肉植物 

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Posted on 2018/06/18 Mon. 11:38 [edit]

category: はたけ

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はたけ37-8 多肉植物 

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Posted on 2018/06/18 Mon. 11:36 [edit]

category: はたけ

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