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彦島のけしき

山口県下関市彦島から、風景・歴史・ものがたりなど…

海水浴場の残影はなく【武久】 

海水浴場の残影はなく【武久】


響灘から吹き寄せる風は、白波に勢いをつけ、木々を揺らして通り過ぎていきます。

筋ヶ浜から武久までの海辺は、干潮の時には渚を伝って歩けそうですが、危険な場所もあり、金比羅公園の下あたりは、海岸から2、30メートル上の道を進みます。

武久川を渡ると、多くの方に親しまれた海辺「武久海水浴場」です。

しかし、武久海水浴場と呼ばれたのは、開設された大正11年から昭和30年ごろまでで、松林の中に遊園地があり、無料脱衣場、休憩所、公衆電話まで設けられ、大賑わいだったそうです。

松の並木は、戦時中、松根油を採取することなどで切り倒され、徐々に姿がなくなり、現在では一本の松もなく、また、砂にかわって小石の打ち敷く海辺からは、昔日の面影をしのぶことはできません。

武久から垢田海岸へは、市内でも代表的な新興住宅団地の武久団地や、新垢田町を経て進むことになり、建ち並ぶ住宅横の児童公園には、子供の歓声がいっぱいでした。


下関市教育委員会編「わがふるさと見て歩き」昭和58年発行

Posted on 2019/11/14 Thu. 10:53 [edit]

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潮の香り船の旅【六連島他】 

潮の香り船の旅【六連島他】


若葉の香りもさることながら、潮の香りも最高の季節。
海のオゾンいっぱいの船旅をしませんか…。

まず、身近な船旅には、関門汽船を利用しての海峡横断があります。
唐戸から門司港まで約5分、少しオーバーかもしれませんが「九州へ船旅をしてね」と吹聴してもウソにならない程の充実感があります。

次は彦島への船旅。
竹崎から彦島海士郷まで、所要時間3分、アッという間の航路ですが、これぞ、ささやかな幸せを感じるミニ船旅です。
海士郷には、平家伝説の「きぬかけ岩」があり、また彦島大橋の景観もすばらしいものです。

また、島へ渡ってみたい方は、竹崎から市営渡船を利用して六連島へ。
所要時間は25分。
島内には、国の天然記念物「雲母玄武岩」など一度は見ておきたい所もあります。

蓋井島は、吉見港から35分の距離。
島には「山の神の森」などがあり、ハイキングや釣りなども充分楽しめます。


下関市教育委員会編「わがふるさと見て歩き」昭和58年発行

Posted on 2019/11/13 Wed. 11:19 [edit]

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水門から漁業基地へ【下関漁港】 

水門から漁業基地へ【下関漁港】


北浦をめぐる海岸線シリーズは、大和町と彦島を結ぶ「水門」から始まります。

水門は、関彦橋の交通混雑を緩和するため、橋を架ける工事が行われ、一日数回船舶が通行する時間帯以外は、車が通行できる吊り上げ式の珍しい橋です。

水門を後に漁港へ進むと、東シナ海から帰港して水揚げ中の風景を見ることができます。

船腹から次々に上がってくる魚箱には、大きなカニ、ハモなどが整然と並んでいます。
数百もの魚箱は、ベルトコンベアーの上で魚種別に区分され、氷が入れられて、高く積み上げられてゆきます。

歩を進めると、野菜などの食料や、氷、魚箱を積み込み、出港の準備に忙しい作業が行われていました。

減船問題、油価高騰などの影響を受け、このところ下関漁港の水揚げは低迷を余儀なくされていますが、再び全国屈指の活況をみせる漁港へと、よみがえる日を願わずにはおれません。

漁港の外れには、六連島と海士郷への渡船桟橋があり、六連島へは一日四便、彦島の海士郷へはひんぱんに便があり、船上から市街の家並みをながめることができます。


下関市教育委員会編「わがふるさと見て歩き」昭和58年発行

Posted on 2019/11/12 Tue. 09:45 [edit]

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一筋の家並みが続く【伊崎】 

一筋の家並みが続く【伊崎】


カモメが舞う漁港から伊崎へ。

伊崎は、海岸まで小高い丘がせまり、一筋の家並みが彦島大橋の近くまで続いています。

そして、伊崎への入り口ともいえるところに、市内の稲荷社で最も大きい社殿の「鈴ヶ森稲荷社」や「三蓮寺」があります。

鈴ヶ森稲荷社の石段を百段ばかり上がると、霊前にぬかずいて参拝しているお年寄りの姿がありました。

境内の裏からゆるい坂を登って行くと、丘の頂に、漁業無線局の高いアンテナと、建物があります。
ここは伊崎の日和山で、吉田松陰や萩藩主毛利元徳侯も訪れた地で、海峡への入り口を見下ろす要衝の地であることを物語っています。

丘から下りて「三連寺」へ進むと、墓地の中に「諸魚諸飼供養塚」があります。
この供養塚は、タイの浮き彫りもあり、珍しいものです。

また、伊崎には、戦前の小門海峡風物詩「小戸の夜たき」(船上でタイマツを焚き集まってくる魚を捕って船上で料理して食べる)もあって、古くから漁業が盛んに営まれていました。

家並みの中をくぐり抜けるように歩を進めると、福徳稲荷大明神、月見稲荷大明神など稲荷社があり、信仰の厚い地域であることを示しています。
海辺の通りに出ると、大型漁船が船足も軽く入港中の風景がみられます。


下関市教育委員会編「わがふるさと見て歩き」昭和58年発行

Posted on 2019/11/11 Mon. 10:21 [edit]

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あなたの頭上に桜前線【火の山公園他】 

あなたの頭上に桜前線【火の山公園他】


桜前線北上…
長崎県を基点として北上を続けている桜前線は、(四月初旬)下関に立ち止まって、一枝ごとに桜の花を咲かせています。

花見に出かけられる方のために、市内の桜名所を紹介しましょう。

戦前から桜名所といえば、日和山公園、椋野の関山ガーデンでしたが、今では、火の山公園、老の山公園、長府の神戸製鋼所前の桜並木、東行庵自然公園と、新名所も増えています。

伝統のあるのは、何といっても、昭和二年に完成した日和山公園で、桜の名所として、市の内外からたくさんのお客さんが訪れました。
当時植えられた桜は古木となり、現在は、その後植え替えられたヨシノ桜250本があります。
火の山にもヨシノ桜227本があります。
普通、桜の色は白色からやや濃い桃色までが多いようですが、火の山には、花の色が黄緑色になる珍しい「うこん桜」もあります。
また火の山遊歩道を歩かれる方は、途中の「桜広場」「桜の苑」でゆっくり花見をされるのもよいでしょう。
老の山には、ヨシノ桜249本のほか、オオシマ桜など32本があります。
火の山、老の山ともまだ若木ですが、これから年数がたつにつれて見事な桜名所となるでしょう。
もう一ヶ所の神戸製鋼所前の122本の桜は、見ごたえがあります。
桜の花たちは、車の排気ガスにもめげず華やかに春を演出しています。


下関市教育委員会編「わがふるさと見て歩き」昭和58年発行

Posted on 2019/11/10 Sun. 09:52 [edit]

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本州最西端地【御崎毘沙鼻】 

本州最西端地【御崎毘沙鼻】


弧を描く吉母漁港の海岸線と、黒嶋の風景は、いつ眺めてもすばらしいものです。

集落の中でひときわ大きな建物は、吉母小学校。
体育館の完成で、学校施設のすべてが改築され、りっぱな施設となりました。

山手には若宮神社があり、市指定文化財の鰐口と、市内最古の銅鐘があります。
また、吉母には県指定文化財のソテツで有名な法林寺もあります。

吉母漁港から市境の「御崎」までの海岸線は、干潮のときに釣り人がたどって歩くルートで、散策として歩くには、舗装された市道を進みます。

岩場に散る白波を眺めておよそ500メートルも進むと、道は再び谷間をたどり、頂上の近くに不燃ゴミ埋没場「吉母管理場」があります。
一日平均約150トンのごみが、この管理地で処理されています。

本州の最西端は、この管理地下の海辺で「毘沙ノ鼻」と呼ばれているところです。

頂上から北へ進むと、海辺までもころがり落ちそうな急な坂道です。

その坂道を下りついたところが市境「御崎」地区で、マーガレットなどの花に囲まれた、八軒ほどの民家が点在し、のどかな風景をつくりだしていました。


下関市教育委員会編「わがふるさと見て歩き」昭和58年発行

Posted on 2019/11/09 Sat. 11:23 [edit]

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360度の展望【老の山公園】 

360度の展望【老の山公園】


戦前は「要塞地」現在は平和のシンボル「公園」というところが多くありますが、その一つに老の山公園があります。

彦島の県立下関第一高校入口バス停、徒歩で約15分登ると、360度の展望が開けます。

下関市街、関門海峡、西山と北九州の工業地帯、六連島から響灘、足元には彦島と本州を結ぶ日本第二のコンクリート橋「彦島大橋」が見えます。

この公園は、昭和44年から本格的に整備がすすめられ、芝生広場、展望台、休憩広場、植栽や遊戯施設を整えているほか、勤労青少年ホームも設置されており、次代をになう青少年の情操教育の場となっています。

また、本格的な野外ステージ、外周園路の整備、藤棚の設置、花木植栽など魅力ある公園整備が進められ、火ノ山公園に次いで大規模な公園となっています。

明治以降、砲台陣地が構築され、要塞の地であったこの地が、憩いの場として市民に利用されている意味を味わってみたいものです。


下関市教育委員会編「わがふるさと見て歩き」昭和58年発行

Posted on 2019/11/08 Fri. 09:44 [edit]

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ロマンを秘めた決闘の島【巌流島】 

ロマンを秘めた決闘の島【巌流島】


唐戸から船に乗り潮風に吹かれて10分もすると「船島」に着きます。
島の形が船に似ているところから、この名が付きました。

島に上がると「龍神・地神」の碑が、祠の中に並んで建っています。
対岸は平家ゆかりの彦島で、たくさんの造船所があり、大小の船が見えます。

明治43年に建てられた「佐々木巌流之碑」がひっそりと建っており、悲運の剣客、巌流をしのぶかのように、誰が供えたのか、季節の花が一輪風にゆれていました。

この島は、別名巌流島として知られていますが、その由来は、慶長17年4月13日、世に名高い宮本武蔵と佐々木小次郎が決闘した所です。
闘いに敗れた小次郎の「巌流」という号をとって、それ以来「巌流島」と呼ぶようになりました。

ここから眺める関門橋は一段と美しく、その下をフェリーや外国船が往来する風景は絵のようです。

決闘のロマンを秘めた無人の島も、昭和55年に全島10万平方メートルの内、6千平方メートルが「巌流島憩いの広場」として、ひろく市民に開放され、いろいろなたのしい催しが行われています。

わずか700メートルの海峡の中に浮かぶ小さなこの島は、また最適な魚釣りの場所として多くの人々が釣りを楽しんでいます。


下関市教育委員会編「わがふるさと見て歩き」昭和58年発行

Posted on 2019/11/07 Thu. 10:27 [edit]

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橋で結ばれる【竹ノ子島】 

橋で結ばれる【竹ノ子島】


彦島は橋によって結ばれ、陸続きになっていますが、竹ノ子島とも西山の西部から橋で結ばれており、地名からくる島のイメージが薄らいでいます。

竹ノ子島は、地名からして、竹ノ子がたくさん自生するのだろうと思いがちのかたもおられますが、彦島在住の郷土史家冨田義弘さんによると、家の周囲に「小竹の生垣」を張りめぐらした家が多く、このことから地名がつけられたのだろう、ということです。

竹ノ子島に残る伝承は豊富です。
その一つに、嘉永二年、吉田松陰が藩命によって海防巡視をしており、島に造られた台場を視察しています。
「南風泊から小舟に乗り移り竹ノ子島に渡り一ノ台、二ノ台、六ノ台を視る。
…この島の戸数は23軒、石高六石五斗…」と記しています。
六ノ台跡には、明治43年に潮流信号所が建てられ、今日まで「台場ケ鼻通航潮流信号所」として役目を果たしています。

現在、竹ノ子島の町名は、彦島竹ノ子島町で世帯数は82世帯。

竹ノ子島の変化に富んだ海岸線をゆっくり散策されるのはいかがでしょう。
六連島、北浦海岸、小倉北区日明の眺望もできます。
バスは竹ノ子島行きでどうぞ。


下関市教育委員会編「わがふるさと見て歩き」昭和58年発行

Posted on 2019/11/06 Wed. 11:07 [edit]

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彦島大橋を仰いで【老の山】 

彦島大橋を仰いで【老の山】


2500万年前という、とほうもない太古の貝が、化石となって現在なお姿をとどめている西山海岸を後にすると、彦島の海岸めぐりも、最後のコースとなります。

彦島で海水浴を楽しむことができる唯一の場所「西山海水浴場」には、北九州からの海水浴客が訪れて、すこぶるにぎわいを見せた一時期もありましたが、最近では、その数も少なくなっているそうです。

初冬の風に向かって沖を望むと、波間に多くのウキが浮かび、ワカメの養殖場を示しています。
養殖ワカメは、吉見の水産指導所で5月ごろ縄に種付けし、海に張られるのは10月、そして順調にすくすくと育ったワカメは、12月には家庭の食卓を飾ることになのます。

老の山下の岩場を過ぎると、コンクリート橋では日本二位(第一位は浜名大橋)の彦島大橋が、ゆるやかな曲線の美しい姿を見せてくれます。

橋を仰いで小門海峡沿いに海士郷へ、その途中には、平家の落武者夫婦の悲しい伝説「身投げ岩」別名「きぬかけ石」があり、石造の観音菩薩像が、青い流れに影を投げかけています。

海士郷からは、バス道路を経て彦島公民館へ、一周およそ28キロメートルの変化に富んだ彦島の海岸めぐりは終わりです。


下関市教育委員会編「わがふるさと見て歩き」昭和58年発行

Posted on 2019/11/05 Tue. 10:04 [edit]

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