07 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.» 09

彦島のけしき

山口県下関市彦島から、風景・歴史・ものがたりなど…

下関観光検定084 

【質問】

旧下関英国領事館の小屋裏に取り付けらけている、上棟の年月日が記されたものは何でしょう。

【答え】

幣串

【解説】

上棟式とは、建築儀礼のひとつであり、棟木を上げるときに行われます。
大地をつかさどる神に守護を感謝し、家屋の棟をつかさどる神々に事の成就を願う祭事です。
上棟式の際に、建物の新築、再建、修理をおこなったときに、施主や施工者の氏名、年号、祈願文などを墨書した細長い板状のものがつくられます。
これが棟札です。
旧英国領事館では、棟札に代わるものとして「上棟 明治参拾九年八月九日」と書かれた幣串が棟木に打ち付けられています。
なお旧下関英国領事館は重要文化財の指定になっています。


関門海峡歴史文化検定問題集より 下関商工会議所発行

Posted on 2019/07/11 Thu. 09:54 [edit]

category: 下関観光検定

TB: --    CM: 0

11

下関観光検定093 

【質問】

忌宮神社の境内に、相撲資料館があります。
これは下関ゆかりの元関取が、忌宮神社の境内社である荒熊稲荷神社の奉納相撲に参拝していることが縁で設立されたものですが、その関取とは誰でしょうか。

【答え】

魁傑

【解説】

魁傑は岩国市生まれ。県立中央工業高校から日本大学へ進学しましたが、中退し各界に足を踏み入れました。
最高位は大関で、現在は放駒部屋の親方として活躍中です。
荒熊稲荷神社の奉納相撲は「長府の三日相撲」として知られ、毎年放駒部屋一行が参拝してにぎわいをみせています。


関門海峡歴史文化検定問題集より 下関商工会議所発行

Posted on 2019/07/10 Wed. 09:59 [edit]

category: 下関観光検定

TB: --    CM: 0

10

下関観光検定082 

【質問】

下関市豊浦町の川棚地区にある三恵寺には、山口県内・日本国内で最大といわれる、あるものが存在します。
そのあるものとは何でしょうか。

【答え】

モッコクの木

【解説】
「川棚三恵寺のモッコク」は、昭和44年4月25日、山口県指定天然記念物に指定されました。
モッコクは、ツバキ科の常緑広葉樹で、日本からフィリピンにかけて広く分布する小高木です。
山口県内では、下関市川棚のほかに、萩市大井や周南市福川などにも巨樹の生育がみられます。
その中でも最も大きい「川棚三恵寺のモッコク」は、根周り3.7m、樹高11.0mほどで、現存するモッコクの木では日本最大といわれています。


関門海峡歴史文化検定問題集より 下関商工会議所発行

Posted on 2019/07/09 Tue. 09:35 [edit]

category: 下関観光検定

TB: --    CM: 0

09

下関観光検定081 

【質問】

川棚の妙青寺には、庭造りで有名な中世の画僧の造ったといわれる庭があります。
この画僧の名前はなんでしょう。

【答え】

雪舟

【解説】

川棚の妙青寺は、応永21年大内持盛によって創建されました。
ここには行基作と伝えられる本尊「観世音菩薩」や雪舟の築庭と伝えられる「心学池」を配した庭があります。


関門海峡歴史文化検定問題集より 下関商工会議所発行

Posted on 2019/07/08 Mon. 11:34 [edit]

category: 下関観光検定

TB: --    CM: 0

08

下関観光検定080 

【質問】

豊田町の神上寺には、寺伝によると、華山山頂付近で出土したとされる弥生時代の青銅器が寺宝として伝わっています。
では、この青銅器とは、何でしょうか。

【答え】

銅矛

【解説】

弥生時代後期の中広形銅矛で、長さ76.7センチ重さ1275グラム。
弥生時代の青銅製武器形祭器の埋納習俗を示す、県内唯一の例として注目されています。
銅矛は、江戸時代には4口あったとされますが、現在では1口のみが神上寺に伝わり「神上寺銅矛」として山口県の有形文化財に指定されています。


関門海峡歴史文化検定問題集より 下関商工会議所発行

Posted on 2019/07/06 Sat. 09:36 [edit]

category: 下関観光検定

TB: --    CM: 0

06

下関観光検定079 

【質問】

中之町にある引接寺は、明治28年日清講和会議が下関で行われた際、清国全権大使・李鴻章の宿泊所なりました。
このお寺の三門の天井には、左甚五郎の作と伝えられている彫刻が伝説をもっています。
何を彫ったものでしょうか。

【答え】



【解説】

中之町にある引接寺は浄土宗の寺院。
明治28年日清講和会議が春帆楼で行われた際、清国の全権大使・李鴻章の宿泊所となりました。
三門には、左甚五郎の作と伝えられる胴が真っ二つに切れた彫刻の龍があり、夜毎に寺を抜け出し人々に災いをなしたために退治されたとの伝説を持っています。
この三門は市指定の文化財です。


関門海峡歴史文化検定問題集より 下関商工会議所発行

Posted on 2019/07/05 Fri. 10:31 [edit]

category: 下関観光検定

TB: --    CM: 0

05

下関観光検定078 

【質問】

乃木神社は長府宮の内町にあり、明治の代表的な武人・乃木希典をまつる神社です。
乃木将軍が日露戦争の後、ロシアの将軍ステッセルと会見した水師営にはある樹木がありました。
その木は今、乃木神社に植えられていますがそれはなんという木でしょうか。

【答え】

ナツメ

【解説】

乃木神社は。明治の代表的な武人・乃木希典と同夫人を祭る神社。
長府に育った乃木希典は、日露戦争で第3軍を指揮、多くの犠牲を払いながら勝利し、中国の水師営で敵の将軍ステッセルと会見しました。
その場所にはナツメの木があり、水師営のナツメとして、乃木将軍の歌にも歌われています。
この水師営のナツメの子孫が現在の乃木神社に植えられています。
明治天皇の死とともに、殉死した乃木夫婦を祭るため、大正3年長府の乃木旧邸の地に記念館と陳列館を建設。
さらに大正9年、社殿が落成しました。


関門海峡歴史文化検定問題集より 下関商工会議所発行

Posted on 2019/07/04 Thu. 10:59 [edit]

category: 下関観光検定

TB: --    CM: 0

04

下関観光検定077 

【質問】

大歳神社は、源平の合戦にゆかりの神社です。
さて神社創建のきっかけともなる戦勝祈願をこの地でしたのはだれでしょうか。

【答え】

源義経

【解説】

竹崎町にある大歳神社は、伝えられるところによると、源平合戦の際、源義経が有明山に陣をしき、浅間神社の大歳神を祭り、桑の木を用いて作った弓矢を神前に捧げて戦勝祈願、のちその弓矢をもって対岸の彦島に陣取る平知盛軍へ射ち込んだため、驚いた平氏は壇之浦へ船を進め、ここに源平の合戦になったと伝えられています。
文治2年有明山麓の住民が戦勝の神を祭ったともいいます。


関門海峡歴史文化検定問題集より 下関商工会議所発行

Posted on 2019/07/03 Wed. 10:47 [edit]

category: 下関観光検定

TB: --    CM: 0

03

下関観光検定076 

【質問】

上新地にある厳島神社は、平家一門が分霊をいただいて守護神として船中に祭っていたものを見つけ、社殿を建立したのにはじまるといいます。
では、どこの厳島神社の分霊をいただいてのでしょうか。

【答え】

安芸

【解説】

上新地にある厳島神社は、社伝によれば、平家一門が安芸の厳島神社の分霊をいただいて守護神として船中に祭っていたのが、壇之浦の合戦で敗戦、その後、磯辺に漂着していた神霊を見つけ、文治元年に社殿を建立したのにはじまるといいます。


関門海峡歴史文化検定問題集より 下関商工会議所発行

Posted on 2019/07/02 Tue. 10:45 [edit]

category: 下関観光検定

TB: --    CM: 0

02

下関観光検定075 

【質問】

関の氏神・亀山八幡宮にある日本一の大鳥居の横には、藤原基晴に関する記念碑があります。
その碑の名前はなんというでしょうか。

【答え】

床屋発祥之地

【解説】

下関は床屋(理髪店)の発祥地です。
鎌倉時代、第90代亀山天皇の時代、京都御所から宝刀が盗まれました。
北面の武士で京都御所の守護職・藤原基晴は責任を感じて職を辞します。
かれは三男菜女之亮を連れて宝刀を探しに、交通の要所であり当時元寇で風雲急を告げていた下関に来ました。
菜女之亮は下関で新羅人から髪結いの技術を学び、現在の中之町付近に往来の武士を客とした髪結所を開店しました。
店の床の間には、以前仕えていた亀山天皇と藤原家の先祖を祀る立派な祭壇があったので、人々は「床の間のある店」転じて「床屋」、さらに「床屋」という屋号で呼ぶようになりました。
「床屋」という言葉は下関が発祥の地で、その後全国に広まっていきました。
宝刀紛失事件で職を辞してもなお、天皇陛下や先祖を祀り、宝刀探しを続ける親子の姿を見て、往来の武士や地元の人々も感銘を受けたことでしょう。
「床屋発祥之地」記念碑は、平成7年7月17日除幕されました。
「日本剃刀と櫛」を象った高さ4メートルの碑で、前中央には桜御影石を使って、人の顔と頭をあらわす丸石を据え「床屋発祥之地」と刻んでいます。
この碑は、下関理容美容専修学校長であった小野孝策先生たちの尽力により建立されました。


関門海峡歴史文化検定問題集より 下関商工会議所発行

Posted on 2019/07/01 Mon. 11:59 [edit]

category: 下関観光検定

TB: --    CM: 0

01