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彦島のけしき

山口県下関市彦島から、風景・歴史・ものがたりなど…

親クジラの願い 

親クジラの願い


下関彦島田ノ首町。
1000メートルそこそこの海峡をはさんで、対岸の門司側にも工場の煙突や倉庫群。
すぐ目の前を一日千隻もの大小のタンカー、貨物船が右へ左へひっきりなしに通る。
このにぎやかな海を、戦前までクジラの群れが泳いでいた。

日本沿岸からザトウクジラ、セミクジラなどの小型クジラが姿を消したのは昭和になってから。
幕末から明治にかけては、紀伊半島沖、壱岐、対馬、五島と並んで瀬戸内海はクジラの好漁場だった。

関門海峡を通って波静かな瀬戸内海へ出入りするクジラは、たいてい子連れだったという。
田ノ首町に伝わる「親クジラの願い」も、子連れクジラにまつわるあわれな話だ。


明治40年ごろ、彦島田の首に貧しい漁師がいた。
五つになる男の子があったが、生まれつき体が弱く、病気がちだった。

ある夜、漁師はまくらもとの気配で目がさめた。
部屋の中に真っ黒く大きなものが立ちふさがっている。
よく見るとクジラだった。
驚く漁師にクジラは
「私たち夫婦クジラは、明日の昼ごろ、一人息子の子クジラを連れてこの海峡を通ります。
しかし子クジラは病気です。
どうか息子だけは見逃してやって下さい」
クジラは哀れみをこうように弱々しく頼み終わるとスーッと消えた。

夜が明けた。
漁師はさっそく浜の仲間を集めてこの不思議な出来事を話した。
半信半疑の仲間たちも、クジラが本当にとれれば、いい収入になる。
みんな銛や太綱を用意して待った。

クジラは前夜の話のとおりに親子三頭でやってきた。
たちまち海峡は修羅場になった。
大波をたてて暴れる親クジラ、飛び交う銛。
そのときどうしたはずみか一本の銛が、両親に守られていた子クジラの胴にグサリと命中してしまった。
海を血で真っ赤に染めながら、のたうち回る子クジラ。

突然、父クジラが今までに倍して暴れ始めた。
激しくはね、漁師たちの小舟を次々と大きな尾びれでたたいた。
船はこわれ、漁師たちは海へ投げ出された。
もはやクジラ捕りどころではない。
みんな命からがら泳いで逃げた。

モリ傷を負った子クジラが、その後どうなったかだれも知らない。
そして“夢”を見た漁師が疲れ果てた体を引きずってわが家へ帰り着くと、その少し前に息子が息を引きとっていた。
ちょうど、モリが子クジラに突き刺さったころ高熱を出し、もがきながら死んだという。
(冨田義弘著「彦島の民話」から)


当時、沿岸捕鯨の漁民が最も喜んだ獲物は、子連れのセミクジラだった。
セミクジラは肉がうまく、油も多かった。
しかも子連れの場合、動きの鈍い子クジラを先に仕留めれば、母クジラは決してそのそばを離れず、たやすく二頭とれたからだという。

貧しい漁師が、うまく親クジラをとっていたら、まっ先に病弱な息子に薬を買い、医者を呼んだにちがいない。
クジラに通じる親の情がこの民話を生んだのだろうか。
全く同じ話が、かつて沿岸捕鯨で栄えた各地の浦にいまも伝えられているという。


防長紀行第三巻 民話の里 マツノ書店刊より
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Posted on 2020/03/01 Sun. 10:15 [edit]

category: ひこしま昔ばなし

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