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彦島のけしき

山口県下関市彦島から、風景・歴史・ものがたりなど…

お忌さん 

お忌さん


長府忌宮神社のおまつりの中で「おいみさい」というのがあります。
このおいみさいは、お忌さん、おゆみさんとも呼ばれ、やさしい感じがしますが、実際は十二月七日から十五日までのおまつりの間は、境内にしめ縄をはりめぐらし、一般の人は境内に足を踏み入れることができない、厳しいおまつりです。

おまつりの起こりは、仲哀天皇が新羅を征伐されるときに、豊浦の津に皇居をおかれました。
しかし天皇は病気でお亡くなりになり、その後おきさきの神功皇后さまが、斎宮を建てられ、ここに七日七夜おこもりになり、新羅に兵を進めたほうがいいか、神のおつげをうかがわれました。
この七日七夜おこもりになったことが、おまつりのおこりといえます。

おまつりの第一日、二日、三日間は神様がいろいろ準備される日で、第四日は、神様が白馬に乗られて汐汲に行かれますが、そのとき、戸毎に立ち寄って皆が静かにしているかどうか立聞きされる「立聞の日」、第五日は、戸のすき間から家のようすを見られる「のぞみの日」、第六日は静かにしていなかった人に忌矢を放たれる「矢放しの日」になっています。

そして、七日七夜のおまつりの間は、民家でも、いろいろしてはいけないことがあります。
夜は早く戸を閉めること。外にあかりをもらさないこと、便所をかえてはいけない、下駄の緒をつけかえてはいけない、踊りや音楽を鳴らしてはいけない、外出しないこと、野良仕事、洗濯をしないことなどで、これを守らないときには、必ず白矢を受けて病気になるといわれました。

このお忌さんの行事は、忌宮神社だけでなく、住吉神社、吉見乳母屋神社、吉母の若宮神社などでもおこなわれています。

住吉神社の近くに“濁池”という池があります。一年中常に清水をたたえた池ですが、おまつりになると濁るところからつけられた名です。
これは神様が汐汲の帰りにここで馬の足を洗われたからといわれています。
また吉見乳母屋神社では、神前に大きなたらいを置き、それに水をいれておくしきたりがあります。
やはり濁池と同じように、そのたらいの水が必ず濁っているといいます。

神様の怒りにふれて、石になったという言い伝えもあります。
この石のことを「お斎石」または「門石」ともいいますが、住吉神社のお斎石は、老婆がおまつりの期間に、夜せんたくをしているところを神様が見とがめられ馬の上から鞭で打たれて石になったといいます。
吉見のさき、大河原にある「お斎石」は、老夫婦が夜浜へ出て、わかめを刈って帰る途中、ちようど神様にであい、馬のひずめにかけられ石になったといいます。
現にこの石には、二つのひずめの後が残っています。


『下関の民話』下関教育委員会編
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Posted on 2019/03/19 Tue. 10:42 [edit]

category: 下関の民話

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