彦島のけしき
山口県下関市彦島から、風景・歴史・ものがたりなど…
青いぐみ
青いぐみ
江戸時代の頃、川中村の伊倉八幡宮の近くに一人の浪人が男の子を一人つれて住んでいました。
浪人は、わけがあって自分の国を捨て、この土地に住みつくようになったのですが、着ているものといえばいつもつぎはぎのボロボロの着物、住んでいる家も牛や馬が住むような小屋よりも、もっとひどいものでした。
生活も楽ではなく、八幡宮の土地を少しばかり借り受けて、やっと食べるものだけは作っていました。
ある年のこと、飢饉があり、村人たちが大切に作っていた西瓜がたびたび盗られるということが起こり、村人たちは「これは、あのおさむらいの子どもがあやしい、一つや二つの西瓜ならがまんするが、こう毎日盗られたんじゃ、たまったものではない。おさむらいに注意してしかってもらおう」と、村人たちはそろっておさむらいの家へいき、どうかしまつをつけてくれとせまりました。
浪人は、自分の子どもにかぎってそんなことをするはずがないと思いましたが、村人たちからうたがわれているのなら仕方がないと、さっそく子どもを呼び、
「お前が西瓜を盗んだのか」と、問いただしましたが、子どもは、
「自分はこんなかっこうをしていますが、さむらいの子です。決して人のものを盗むようなことはしません」と、きっぱりいいきりました。
しかし、村人たちは、いかにさむらいといっても、よそから流れてきたものだ、西瓜どろぼうは、その子に決まっている、とあくまでどろぼうにしてしまいました。
浪人は、村人たちの悪口をしばらく聞いていましたが、とつぜん刀を抜き、わが子を横だきにするや、村人たちに向かい
「それならば、この子のお腹を見せてしんぜる」
とわが子を殺し、お腹を切り開いてみせたところ、西瓜の種は一粒もなく、わずかに「ぐみ」の種子が五粒ほどでてきました。
村人たちはまっさおになり、自分たちが悪かったと深くわびましたが、死んだ浪人の子どもが生き返ってくるはずがありません。村人たちは、今度は浪人が怒って自分たちを切り殺すのではないかと、ぶるぶるふるえていましたが、浪人は、
「これで息子の正しかったことがおわかりになったでしょう」と、いっただけで別に怒りもしませんでした。
しばらくして村人たちが帰ったあと、浪人は我が子のなきがらにむかい、
「さぞ、くやしかったにちがいない、ゆるしてくれ」
と、合掌し、やがて自分もまた切腹して、息子のあとを追いました。
毎年、夏になるとぐみの木に真赤な実がつきますが、ふしぎなことに、それからというもの、一枝のなかにかならずといっていいほど、五粒のうれないままの青いぐみが残るようになったということです。
『下関の民話』下関教育委員会編
江戸時代の頃、川中村の伊倉八幡宮の近くに一人の浪人が男の子を一人つれて住んでいました。
浪人は、わけがあって自分の国を捨て、この土地に住みつくようになったのですが、着ているものといえばいつもつぎはぎのボロボロの着物、住んでいる家も牛や馬が住むような小屋よりも、もっとひどいものでした。
生活も楽ではなく、八幡宮の土地を少しばかり借り受けて、やっと食べるものだけは作っていました。
ある年のこと、飢饉があり、村人たちが大切に作っていた西瓜がたびたび盗られるということが起こり、村人たちは「これは、あのおさむらいの子どもがあやしい、一つや二つの西瓜ならがまんするが、こう毎日盗られたんじゃ、たまったものではない。おさむらいに注意してしかってもらおう」と、村人たちはそろっておさむらいの家へいき、どうかしまつをつけてくれとせまりました。
浪人は、自分の子どもにかぎってそんなことをするはずがないと思いましたが、村人たちからうたがわれているのなら仕方がないと、さっそく子どもを呼び、
「お前が西瓜を盗んだのか」と、問いただしましたが、子どもは、
「自分はこんなかっこうをしていますが、さむらいの子です。決して人のものを盗むようなことはしません」と、きっぱりいいきりました。
しかし、村人たちは、いかにさむらいといっても、よそから流れてきたものだ、西瓜どろぼうは、その子に決まっている、とあくまでどろぼうにしてしまいました。
浪人は、村人たちの悪口をしばらく聞いていましたが、とつぜん刀を抜き、わが子を横だきにするや、村人たちに向かい
「それならば、この子のお腹を見せてしんぜる」
とわが子を殺し、お腹を切り開いてみせたところ、西瓜の種は一粒もなく、わずかに「ぐみ」の種子が五粒ほどでてきました。
村人たちはまっさおになり、自分たちが悪かったと深くわびましたが、死んだ浪人の子どもが生き返ってくるはずがありません。村人たちは、今度は浪人が怒って自分たちを切り殺すのではないかと、ぶるぶるふるえていましたが、浪人は、
「これで息子の正しかったことがおわかりになったでしょう」と、いっただけで別に怒りもしませんでした。
しばらくして村人たちが帰ったあと、浪人は我が子のなきがらにむかい、
「さぞ、くやしかったにちがいない、ゆるしてくれ」
と、合掌し、やがて自分もまた切腹して、息子のあとを追いました。
毎年、夏になるとぐみの木に真赤な実がつきますが、ふしぎなことに、それからというもの、一枝のなかにかならずといっていいほど、五粒のうれないままの青いぐみが残るようになったということです。
『下関の民話』下関教育委員会編
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