05 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.» 07

彦島のけしき

山口県下関市彦島から、風景・歴史・ものがたりなど…

舟島怪談 貝のうらみ 

舟島怪談 貝のうらみ


 むかし、舟島に若者がたった一人で住んでいました。若者は、島のまわりで仰山とれる貝を売って、その日その日を暮らしていました。このあたりでは、浅利、蛤、馬刀貝はもちろんのこと、一尺四方もある帆立貝や、面白い形をしたコウボ貝にツウボ貝なども鍬を打ち込んだだけで、ざくざく採れました。

 ある夏の夕凪ぎのひどい夜でした。

 じっとり汗ばむ寝苦しさに悶々としていると、トントンと裏戸を叩く者が居ます。
『こんな夜更けに、一体誰だろう』
 眼をこすりながら出てみると、十七、八の美しい娘が立っていました。
『夜分おそく、すみません。でも、ちょっとお話があるんですけど、入れていただけませんでしょうか』
 娘はうつむいて言いました。若者は、その美しさに魅せられて、何を言われたのかも解らず、しばらくぽかーんとしていましたが、ふと我に返って奥に通しました。

『一体…… 今頃…… あなたは…… 来たんでしょ……いや、どこから来たんでしょうか』
 若者は、しどろもどろに訊ねました。しかし、娘は、畳に三つ指をついたまま、黙って答えません。何を話して良いか判らず、若者は戸惑って、おろおろするばかりでした。
 例年にない蒸し暑さのせいだけでなく、ひたいにも背中にも、じわーっと汗が吹き出してきます。二人は黙ったまま、しんしんと更けてゆく夜の音を感じていました。

 と、娘が、はずかしそうに顔をあげ、小さな声で、それでもはっきりとこう言いました。
『私を、あなたのお嫁にして下さい』
 仰天する、というのは、この時の若者の驚き振りを言うのでしょう。彼は、目の前の、夜目にも白く美しい娘の顔をぼんやり見つめながら、口をもぐもぐとさせるばかりでした。
 闇のむこうで、娘はにっこり笑いました。そして、頬を紅潮させながら、そっと寄りかかってきました。娘の甘い香りが二人をあたたかく包んで、若者は病人のように力なく手をのばして、その肩を抱きました。

 それからのことは覚えていません。何か恐ろしいような、嬉しいような、そんないぶかりの中に、天にも昇るような喜びがあったような気がします。
 そして、いつのまにか、若者は眠っていました。

 あくる朝、ふと眼をさますと、昨夜の娘はどこにも居ません。家の中も、いつもと変ったところはなく、
『ゆっぱり、あれは夢だったのか』
 と、がっかりしました。でも、まぶしい朝の光を仰ぐと、若者は急に元気を取り戻し、いつものように漁に出かけました。

 夜になりました。若者は早くやすんで、昨夜の夢のつづきを見ようと、寝床に入りました。寝苦しい夜で、汗ばむ体をもとあましながら、何度も寝返りを打ちました。それでも、昼間の疲れがどっと出てきて、いつのまにかウトウトしかけていました。
 何か音がしたような気がして、若者は眼をさましました。耳をすましていると、裏戸を小さくトントンと叩く者が居ます。心をはずませ外に出てみると、昨夜の娘が眼を伏せて立っていました。
『ああ、あなたは… 夢ではなかったんですね』
 若者は娘の手をとり、喜びを満面に溢れさせて、奥に引き入れました。

 そんなことが毎晩つづき、夜の明けないうちに、娘はどこへともなく帰って行きます。娘が一体、どこからやって来るのか、そしてその名前さえも若者は知らないままでした。
 それに気がついたのは、お盆が過ぎて秋風の立ち始めたころです。ある夜、若者は、いつものような甘い語らいのあとで、娘の素性を訊ねました。
 すると娘は、はじかれたように後ずさり、若者の顔をじっと見つめて、しばらくは黙ったままでした。やがて娘は、か細い声で言いました。
『私が、どこから来て、どこへ帰ってゆくのか、何も聞かないでください。それを話してしまえば、私はもう、ここへは来られなくなります。それが悲しくて…』
 そう言って娘は泣きくずれました。何度もしゃくりふげるその肩をやさしく撫でながら若者は、娘をいとしく思いはじめていました。

 それからというもの、若者は何も訊ねず、ひたすら夜を待ち、楽しいひとときを過ごすことに没頭しました。

 秋が過ぎ、厳しい冬になりました。もう近頃では漁に出ることもなく、昼間は夜のつづきの夢を見て、若者はのらりくらりと生きるようになっていました。その上、娘に精を吸い取られてしまったのか、次第にやせ細ってゆくようでした。

 みぞれの降るある夜、若者はとうとう体をこわして寝込んでしまう羽目になりました。それでも娘はトントンと裏戸を叩き、すーっと入って来て、若者の枕辺に座りました。そして、いつものように眼をふせたまま、そっとにじり寄って来るのです。
『今夜は、もう駄目だ。しばらく、そっとしておいてくれ。そのうちまた元気を取り戻すから』
 さすがの若者も力無く、そう言って眼をつぶりました。

 すると娘は、にっこり笑って勝ち誇ったように口を開きました。
『今だから申しましょう。私は、この浜に住むツウボ貝です。私には末を契ったコウボ貝が居ました。いつも私たちは、仲良く波乗りをしたり、砂にもぐったり、潮のかけっこをしたりして楽しく暮らしていました。ところが、夏が近づいたあの日、そう、あの霧雨の降る夕方です。あなたは私の大事なひとを鍬で叩き殺してしまいました。私は、その仇を討つために…』
 そこまで言って、娘は、また笑いました。しかし、その笑顔は、口元だけが少し動く程度の、ぞっとするような冷たさがあったといいます。そして、声までが老婆のようにしわがれて低く、若者のはらわたをえぐるように響きました。
『私は、その仇を討つために、夜毎、あなたのもとに通って来たのです。あなたは、日に日に、やせおとろえてきました。でも、まだ当分は死にません。このまま動くことも出来ず、死ぬことも出来ず、しばらくの間、苦しみを味わうことです。それでもまだ私の恨みは晴れませんが、私も、もう力つきてしまいました。だから…』
 酒に酔ってでもいるように、娘はゆっくり立ち上がりました。その眼には二筋の涙が、暗がりの中にもはっきりと見えたそうです。
『だから、海へ戻って、いとしい方のそばへ参ります』
 そう言い終えると、すーっと娘の姿はかき消えました。

 それから何ヶ月もの永い間、若者は寝たままで生きつづけました。
『ツウボ貝も、コウボ貝も、俺は、あんまり採りすぎた。知らなんだ、知らなんだ。ツウボ貝も、コウボ貝も…』
 朝も、昼も、夜も、毎日毎日、若者は、そんなウワゴトを言いつづけ、そして飢え死んだということです。


富田義弘著「平家最後の砦 ひこしま昔ばなし」より

(注)
コウボ貝というのは、通称ミル貝のことである。
巌流島の沖合いから田ノ首を経て福浦湾まで、今でも海底の粘土質の中から多く採れるが、これは捕獲を禁止されている。
先年も、ミル貝を乱獲して売り捌いた男が密漁容疑で捕らえられたという記事が新聞に出ていた。
ツウボ貝というのは、瀬戸貝、あるいは貽貝と呼ばれ、地元では夫婦子貝とも呼んでいる。

関連記事

Posted on 2017/05/16 Tue. 09:31 [edit]

category: ひこしま昔ばなし

TB: --    CM: 0

16

コメント

Comment
list

コメントの投稿

Secret

Comment
form