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彦島のけしき

山口県下関市彦島から、風景・歴史・ものがたりなど…

出撃そして回天戦(昭和19年11月8日~) 

「回天」の誕生から実戦まで

出撃そして回天戦(昭和19年11月8日~)

「回天」の初めての出撃は、昭和19年11月8日、菊水隊と名づけられた部隊から始まります。
その攻撃目的地は、アメリカ軍機動部隊の前進拠地であった西カロリン諸島のウルシー泊地と、パラオ諸島のコッソル水道となり、そのエリアに停泊中の敵艦隊を目指して、伊36潜水艦、伊37潜水艦、伊47潜水艦にそれぞれ4基ずつ、合計12基の「回天」が搭載されて出撃していきました。
その隊員の中には黒木大尉と一緒に「回天」の開発に取り組んだ仁科中尉の姿もありました。
その後、20年8月8日までに4基地から9の部隊が編成され、延べ145人が出撃し、80人の搭乗員が「回天」とともに戦死していきました。
なお、通常の魚雷による攻撃か、「回天」による攻撃かを選択するのは潜水艦長の判断となり、魚雷による攻撃が可能な距離まで目標艦船に近づけるなら魚雷戦を挑み、近づけない場合は、回天戦を選択することになります。

戦死した搭乗員の内訳
内訳 人数
出撃等で戦死された搭乗員 87人
訓練時の事故で殉職された搭乗員 15人
基地において空襲被弾された搭乗員 2人
戦後、自決された搭乗員 2人
合計 106人
潜水艦で出撃した搭乗員の内訳
内訳 人数
実際に回天戦にて戦死した搭乗員(a) 45人 (a)(b)の合計80人
母艦が未帰還で回天戦で戦死されたか
確認できない搭乗員(b) 35人
出撃以外で亡くなった搭乗員
(再訓練中に殉職) 2人
母艦とともに帰還した搭乗員 23人
合計 105人

WEBサイト 回天記念館より
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Posted on 2018/02/11 Sun. 12:34 [edit]

category: 回天

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