03 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.» 05

彦島のけしき

山口県下関市彦島から、風景・歴史・ものがたりなど…

初めての訓練事故(昭和19年9月6日) 

「回天」の誕生から実戦まで

初めての訓練事故(昭和19年9月6日)

「回天」の訓練は3基の試作機で始まりますが、その訓練が始まった2日目の9月6日、黒木大尉と樋口大尉が乗った一号艇は、天候の悪化で波が高くなり、これにより俯角(ふかく:物を見下ろしたときの視線の方向と目の高さとのなす角)がかかり過ぎて海底に着底し動けなくなるという事故を起こします。
この事故の発生が夕方ということもあり、遭難場所の捜索が難航したため救助が間に合わなく、酸欠による初めての殉職者を出すことになりました。
その後、「回天」の上部を白く塗装することで、海底に沈んでいても発見しやすくしたことや、前部に取り付けてあるバランスを保つためのタンクに、15m以上潜水した場合は自動的に空気を送り込むことによって浮力を増す装置を取り付けることなどの改良が行われましたが、湾内に投下された機雷や航行船舶と接触するなどにより、さらに13名の方が訓練中に殉職されています。


左の画像は回天記念館の前庭から蛇島を眺めたもの。右はそれを望遠レンズでアップしたもの。その画像の左に見える蛇島の手前にブイ(実際には緑色のブイ)が浮かんでおり、その右手にもブイ(実際には赤色のブイ)が浮かんでいます。
この辺りは第?T訓練水域の整備工場から4,000mの沖合地点となり、ちょうど海底に沈んでいた一号艇が発見された場所となります。

樋口大尉手帳の事故地点図面

樋口大尉が、沈んだ一号艇の中で自身の手帳に書き込んでいた事故現場の図。参考文献はこちら※4

WEBサイト 回天記念館より

24259.jpg

24260.jpg
関連記事

Posted on 2018/02/10 Sat. 15:52 [edit]

category: 回天

TB: --    CM: 0

10

コメント

Comment
list

コメントの投稿

Secret

Comment
form