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彦島のけしき

山口県下関市彦島から、風景・歴史・ものがたりなど…

大津島基地誕生(昭和19年9月1日) 

「回天」の誕生から実戦まで

大津島基地誕生(昭和19年9月1日)

昭和19年9月1日、大津島に回天訓練基地が開設され第一特別基地隊第二部隊が編成されました。もちろんその中に発案者である黒木博司大尉と仁科関夫中尉も含まれており、当初の訓練搭乗員の数は34人でした。参考文献はこちら※3
その後、募集に応じた搭乗員が増加することで、大津島基地だけでは収容しきれなくなったことなどから11月25日に光基地(光市)、20年3月1日に平生基地(平生町)、4月25日に大神(おおが)基地(大分県速見郡大神村(現 日出町))が開隊します。
最終的に搭乗員の訓練を受けた兵士は1,375名となりました。

出身 搭乗員数 戦没者数
海軍兵学校 89人 19人
海軍機関学校 32人 12人
海軍水雷学校 9人 9人
予備学生 210人 26人
甲種飛行予科練生 935人 40人
乙種飛行予科練生 100人 0人
合計 1,375人 106人

大津島での訓練(昭和19年9月5日)

訓練期間は、募集要項では概ね3ヶ月となっていました。
その訓練水域は、次の五つが設定されていました。参考文献はこちら※3

第1訓練水域
魚雷整備工場前から徳山湾にある蛇島(さしま)に向かって、片道5,000mの直進航路を、潜航と浮上航走を繰り返しながら往復します。これは最初に行われる訓練で、1回だけ実施されていました。
第2訓練水域
魚雷発射試験場の南側海面をスタートし、馬島と洲島の南側を通過し、徳山湾入口の灯台を設置した岩塊である岩島との間の水道を通り抜けて徳山湾内に入り、整備工場の前面海域に帰るコースです。
第3訓練水域
魚雷発射試験場の正面沖合に浮かぶ野島を左回りに一周するコースです。
第4訓練水域
大津島の北端を右回りに回って整備工場の前まで帰る長いコース。狭い所がいくつかある上に、小さい島や岬、水面下に隠れた岩などの障害物が多く、頻繁に浮上、潜入を繰り返して進路を変えながら航走する必要があることから、適艦船が停泊している環礁などに出撃する場合のための狭水道通航の訓練をするには絶好のコースでした。
第5訓練水域
実際に潜水艦のデッキに「回天」を取り付けた上で、徳山湾沖で行う発進訓練です。

WEBサイト 回天記念館より

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Posted on 2018/02/10 Sat. 15:32 [edit]

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