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彦島のけしき

山口県下関市彦島から、風景・歴史・ものがたりなど…

旧長府藩家老宅に咲くハスの花1 

旧長府藩家老宅に咲くハスの花1

城下町長府を観光資源とする下関市が、平成元年に9億2000万円で購入して整備し、同5年5月に正式な開園を見た「長府庭園」は、敷地面積約3万800平方メートルのうち、約7000平方メートルが庭園部分でなかには約1100平方メートルの池もあり、木造入母屋造二階建て約225平方メートルの書院や茶室を備えるなど、本格的な回遊式日本庭園である。

この屋敷は、下関を発祥の地とする大洋漁業株式会社の初代社長中部幾次郎が昭和4年に購入。
以来、中部家の人たちが住んで、地元では中部邸の名で知られてきたが、もともとは長府藩の家老職西家の屋敷であった。

特に幕末期の当主の西運長は、長府藩史に大きな足跡をとどめる人物である。
運長は文政6年、萩本藩寄組士児玉縫殿邦行の三男として生まれ、長府藩家老職西義定の養子となって家督を継いだ。

そして幕末の激動期を迎え、下関攘夷戦の直前に海防掛を命じられ、海峡防備の任にあたり敢闘。
さらに江戸藩邸の改革にも成果を上げて、藩主から右馬氶の名を賜ったが、憚る所あってみずからは小豊後を名乗った。

(清永唯夫)

図説「下関の歴史」より
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Posted on 2018/11/29 Thu. 09:42 [edit]

category: 下関の歴史論文

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