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彦島のけしき

山口県下関市彦島から、風景・歴史・ものがたりなど…

市街地焦土と化す2 

市街地焦土と化す2

昭和20年3月27日、テニアン基地を離陸した92機のB29爆撃機は、初めて関門港を空襲、機雷を投下敷設した。
太平洋戦争中の関門海峡の重要性は、アメリカ軍機による機雷投下数からもわかる。
日本の沿岸各地に投下された機雷数は総計11090個、このうち半数近い機雷が関門海峡及び関門地区沿岸に投下されている。

関門海峡は、瀬戸内海の主要出入り口であることや大陸交通の門戸であること、さらには南西航路の拠点であることなどから、連合軍はこの海峡の封鎖に躍起となり、日本軍はこの防衛に苦心した。
しかし戦中戦後を通じて触雷による船舶の被害は甚大で、海峡は船の墓場と化した。


(野村忠司)

図説「下関の歴史」より
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Posted on 2018/11/18 Sun. 09:23 [edit]

category: 下関の歴史論文

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