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彦島のけしき

山口県下関市彦島から、風景・歴史・ものがたりなど…

わが国で最初のシールド工法3 

わが国で最初のシールド工法3

蒸気機関車しか見慣れていなかった関門の人々は、トンネルから快い警笛を鳴らして出てくるモダンな電気機関車に驚き、それは郷土の誇りとなった。

上り線は昭和15年6月に着工、戦局悪化のなかを奮闘し、同18年12月に貫通、翌19年8月に複線運転となった。
トンネルの延長は、下り線約3614m、上り線3604mで、作業述べ人員347万人、総工費3928万円であった。
難事業であったため32人の殉職者を出し、下関市彦島堀越のトンネル下関側口に慰霊碑が建てられた。

関門トンネルの開通は本州と九州との輸送を促進して人々の往来に拍車をかけ、日本経済の発展に寄与したが、関門両地区にとっては「通過都市」への序章であった。
しかし、この頃は関門や関釜などの連絡船が盛況を極めており、まだ危機感はなかった。
それよりもB29が全国に投下した機雷の半数近くがこの海峡に落とされて、トンネルが橋でなかったことを人々は喜んだ。

(冨田義弘)

図説「下関の歴史」より
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Posted on 2018/11/16 Fri. 11:31 [edit]

category: 下関の歴史論文

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