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彦島のけしき

山口県下関市彦島から、風景・歴史・ものがたりなど…

わが国オペラ界の草分け1 

わが国オペラ界の草分け1

関門海峡を見下ろす高台に藤原義江記念館は、下関に赴任していた義江り父リードの宿舎でもあったゆかりの場所である。
「我らのテナー」と呼ばれた日本オペラ界の開拓者藤原義江は、幼い頃この宿舎に父を訪ねている。
父はイギリス人で瓜生商会の総支配人。
母は下関稲荷町の琵琶芸者、坂田キク。
イギリス人と琵琶芸者の間に生を受けた運命の子義江は、幼少期から母とともに関門・九州各地を転々として、大分県杵築で養子先の藤原姓を名乗るようになった。
その後、保証人を得て上京、明治学院中等部、早稲田実業に学ぶ機会をもったが、独立と洒落込んで青春放浪。
舞台に憧れ、沢田正二郎の「新国劇」を経て、大正7年に20歳で全盛期の「浅草オペラ」の世界に入り、本格的な音楽の道を目指した。

21歳の秋、父の支援でイタリア音楽修行が決まったが、出発直前に父が急死。
義江は渡欧を前に下関の父の墓をーに参り、大正9年春、傷心を抱いて門司港から旅立った。

(武部忠夫)

図説「下関の歴史」より
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Posted on 2018/11/10 Sat. 11:37 [edit]

category: 下関の歴史論文

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