09 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.» 11

彦島のけしき

山口県下関市彦島から、風景・歴史・ものがたりなど…

海峡硝煙の海と化す3 

海峡硝煙の海と化す3

戦闘は8日の正午まで続いた。
連合軍側の撃ち込んだ弾丸はじつに2500発といわれ、長州側の敗北は動かしがたいものとなり、長州藩から講和を申し入れて使節を送った。
その使節に立ったのが高杉晋作で、急遽家老宍戸刑馬と名乗っての登場であった。

連合軍側の講和条件は、第一に海峡通航の安全確保、第二が300万ドルの賠償金、そして第三が海峡の西口を扼する彦島の租借で、これに対して第一点は承認、第二点は幕府の外艦打ち払い令に従ったもので責任は幕府にあると突っぱね、第三点は断固拒絶したとされている。
通訳として立ち会ったアーネスト・サトウには毅然たる高杉の態度が印象的であったようだが、ただ彦島租借については、後年に伊藤博文が思い出として語ったもので、各国の相互牽制もあって、正式に表に出たかどうか議論のあるところである。

いずれにしても8月13日の第三回会議で講和が成立。
下関市では。この第一点の承認をもって実質的な下関港の開港として、昭和39年に馬関開港100周年記念祭が行われた。

(清永唯夫)

図説「下関の歴史」より
関連記事

Posted on 2018/11/06 Tue. 14:34 [edit]

category: 下関の歴史論文

TB: --    CM: 0

06

コメント

Comment
list

コメントの投稿

Secret

Comment
form