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彦島のけしき

山口県下関市彦島から、風景・歴史・ものがたりなど…

海峡硝煙の海と化す1 

海峡硝煙の海と化す1

長州藩の攘夷戦において何ら攻撃を受けていないにもかかわらず、対日政策の主導権をにぎろうとするイギリスが主唱し、元治元年4月25日、イギリス、アメリカ、フランス、オランダの四カ国連合が成立。
その後、6月19日には、連合艦隊による下関襲撃の具体策が決定した。

艦隊は8月2日から3日にかけて大分県の姫島沖に集結、17隻が三縦陣を組んで海峡にその姿を見せたのが8月4日の早朝で、艦隊はまず九州側の門司田野浦沖に停泊して戦機をうかがった。
その全艦が備える大砲の数は、じつに288門に及ぶという強力な布陣であった。

連合艦隊が行動を開始したのは5日の午後2時過ぎで、全艦一斉に艦砲射撃の火ぶたを切った。
もちろん長州側もただちに応戦したが、主力の前田砲台80ポンド以下20門、壇之浦砲台が30ポンド以下14門程度。
しかも外国艦隊からの着弾は極めて正確で、戦力の差は歴然としていた。
午後5時頃には長州側主力砲台のすべてが沈黙させられた。

(清永唯夫)

図説「下関の歴史」より
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Posted on 2018/11/03 Sat. 10:07 [edit]

category: 下関の歴史論文

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