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彦島のけしき

山口県下関市彦島から、風景・歴史・ものがたりなど…

阿弥陀如来坐像と彦島十二苗祖2 

阿弥陀如来坐像と彦島十二苗祖2

さて、近年まで彦島の中心として栄えた本村町のバス停に近い、正覚山西楽寺参道に「平重盛守護佛彦島開閥尊像安置」と刻まれた石柱が建っている。
昭和60年12月に下関市の有形文化財に指定された同寺の阿弥陀如来坐像は、蓮台から光背までの高さ1.80メートル、像高83.5センチ、膝張69.0センチ、膝高15.2センチで、白鳳時代の白雉6年、天武天皇が春日大明神のお告げを受けて賢問子という仏師に彫らせたと伝えられている。
そして約500年間は東大寺に安置されていたが、承安4年紀伊熊野大権現のお告げにより、平重盛が平家の守護仏としたという。

重盛亡き後、この坐像を奉じ続けてきたのは平資盛の執権、植田治部之進兼晴で、壇之浦合戦の翌年の文治2年1月に家来とともに彦島まで運んできた。
このとき一緒に奉持してきたのが平教盛の執権、百合野民部高昌による観世音菩薩、平知盛の執権、岡野将監重利による薬師如来立像で、その後建保3年には平重衡の執権冨田刑部之輔久次と平家の旗本登根金吾忠光が植田らを頼って来島している。
(冨田義弘)


図説「下関の歴史」より
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Posted on 2018/10/14 Sun. 09:54 [edit]

category: 下関の歴史論文

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