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彦島のけしき

山口県下関市彦島から、風景・歴史・ものがたりなど…

厳島さんと桜山招魂社(下) 

厳島さんと桜山招魂社(下)

児童公園の石段を下って右へ行けば山陽本線のガードをくぐり高杉晋作の療養地跡に行くことができるが、もし時間があるならば、桜山招魂社を先に訪ねよう。

厳島神社参道脇の信号まで戻って国道191号線にそい西へ行くことになるが、車の多い国道を避けたければ、すぐ先のガソリンスタンドのそばを右折すればよい。
約二メートルの小道が続いて桜山小学校の前に出る。
右手は山陽本線だ、
学校と線路の間の道をしばらく行くと左手にこんもり繁った森がある。
「桜山招魂社」し書かれた石柱が建っていて、鳥居には扁額がない。
そこから長い石段が鬱蒼とした樹林に包まれて暗いたたずまいで登る。
十五段ばかり登ると大きな椎木が天をついて聳え立っている。
市の環境保全条例により「保存樹木」に指定されていることはいうまでもない。

招魂場はそこからさらに百段近くも登らねばならないが、この参道の桜並木は実に見事である。
登りきった台地の正面に拝殿があり、その前に明治天皇勅宣碑というのが建っている。

拝殿の裏手に回ってみると石の鳥居が建っていて、鉄門扉に閉じられた霊標群が祀られている。
明治維新の大事業のために散った三百七十余柱の霊を慰めるもので、中央に吉田松陰、両側に高杉晋作、久坂玄瑞という松蔭門下の双璧が並んでいる。
後列には苗字を持たない小者の名前もあるが、ここに霊標が建てられた志士はまだましだと言えるかもしれない。
小倉や越後、東北あたりで倒れたものも多く、また生死さえも判らぬまま葬れさられた人もあったことだろう。

もともとこの招魂場を作ったのは高杉晋作だが、彼は常に自分より先に死んでいった者のことを想い続けて、
おくれても おくれてもまた 君たちに
誓いしことを 吾忘れめや
とむらわる 人に入るべき 身なりしに
とむらう人と なるぞはずかし
などと歌っている。
いかに国のためだとはいえ自分の作戦や命令により死んだ者に対して、限りない愛惜の念を抱き続けて高杉は悶々とした夜を過ごしたふしがある。
「動けば雷電の如く、発すれば風雨の如し」と評されて豪放磊落な高杉というイメージの陰には、このような人情味厚い一面も隠されていた訳である。

さて、石段を下って桜山小学校に沿いながら国道に出ると信号のそばに「明治維新殉国の士を祀る桜山神社」の大標柱が建っている。
つまり桜山招魂社はここが表坂という訳である。


冨田義弘著「下関駅周辺 下駄ばきぶらたん」
昭和51年 赤間関書房
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Posted on 2019/11/07 Thu. 10:24 [edit]

category: ぶらたん

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