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彦島のけしき

山口県下関市彦島から、風景・歴史・ものがたりなど…

神社の史実とその祭事1 

神社の史実とその祭事1

語り手 頼重徳太郎
聞き手 柴田八十二

彦島八幡宮は元禄5年4月に再建されました。
時の藩主毛利公が建立したもので、神儀は藩の政策もありましたのでしょう、現在のものとは異なっておりました。
藩主が主催者であり、費用は全部藩主が負担したようてせすからたいしたものです。

彦島八幡宮は毛利公が再建されたと記録にありますが、記録が創作されたと考えられませんか。

それも考えられないこともありませんが、毛利公の定紋が神殿に付いていますので、長府藩の毛利公の厚い保護があったと思われます。
推定ですが彦島にはその頃戸数も200〜300程度でしたでしょう。
そのわずかな戸数でも八幡宮があったことからも、藩の援助があったものと推定されます。
神社の位置も今の神殿付近で合社したようになっています。

次に囲碁神事《小戸の夜打》の起源についてお話をお願いします。

それは神殿が再建されまして盛大な竣工式が行われました。
その行事の一つとして囲碁大会を行うことになり、毛利公の江戸屋敷から、江戸在住の棋士へ招待状を送りました。
ところが、遠い長門の国まで出かけようという棋士は少なかったのであります。


古老が語る郷土の今昔「ひこしま発展誌」より
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Posted on 2019/02/06 Wed. 12:27 [edit]

category: ひこしま発展誌

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