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彦島のけしき

山口県下関市彦島から、風景・歴史・ものがたりなど…

俎の瀬 

俎の瀬


 田ノ首の浜に『生板の瀬』と書いて『マナイタの瀬』と読む珍しい地名がある。

 むかし、マナイタの瀬は、海賊どもの処刑場であった。
 捕らえられて来た船頭や、村びとたちのうち、海賊どもに逆らうものは、皆ここで首を打ち落とされて、近くの大池に捨てられた。

 ある日も、若い船頭がとらえられたが、釣った魚を奪い返そうとしたため、この瀬に引き据えられた。
 いざ首を斬られようとした時、若い船頭はポロポロ涙を流して、
『わしゃあ、命は少しも惜しゅうはない。殺されることは、もう、とうに覚悟しちょりますが、ただ一つだけ、その前に一目でもええから母親に会わしちゃあくれんものじゃろうか』
 と、海賊頭を伏し拝んだ。
『お前の母親というのは、いま何歳になるのか』
『もう八十歳になります。永いこと中風で寝たきりで、わしゃあ漁が忙しゅうて、日頃は母親は面倒を見るものもおりません。今、このまま殺されてしまえば、母親は空腹に苦しみながら狂い死ぬことじゃろう思います。もし、お慈悲で、一目だけでも会わして貰えりゃあ、苦しみを与えずに、ひと思いに殺して参ろうと思います。それが、 せめてもの親孝行ちゅうもんでしょう。どうか、ちょっとでええですけえ、家まで帰らしちゃ貰えんじゃろうか』
 若い船頭は、涙ながらに一心に頼んだ。すると海賊頭はハラハラと涙を流して、ゆっくり縄をほどき、蝿の声よりももっと細い声で言った。
『早く帰れ。そして、もうここには、二度とそのツラを見せるな』

 船頭は、とっさに口をついた出まかせで命を助けられ、大喜びで村に帰り、このことを村中に自慢して歩いた。
 それを聞いた一人の若者が、
『海賊に頭をさげたたぁ、何とだらしがない。俺が行って退治してやろう。ついでに、金銀財宝も分捕ってやる。よう見ちょれ』
 と、田ノ首の浜へ出かけて行った。しかし、またたくまに掴まってしまい。抵抗したかどでマナイタの瀬に引き据えられた。
 その時、若者は、逃げ帰った船頭の出まかせを思い出した。
『私には、八十歳になる中風の母親がいます。これを残しては、死んでも死にきれません。何とか一目会って親孝行してから死にたいと思います』
 すると、海賊頭も子分たちもゲラゲラ笑いだした。そして、一人の男が背後にまわり、
『俎上の鯉はブツブツ言わぬものじゃ』
 と言って、刀を振りおろした。


富田義弘著「平家最後の砦 ひこしま昔ばなし」より


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Posted on 2019/03/22 Fri. 10:41 [edit]

category: ひこしま昔ばなし

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