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彦島のけしき

山口県下関市彦島から、風景・歴史・ものがたりなど…

下関観光検定045 

【質問】

宝永7年7月11碑、豊田町浮石の農民たちが凶作に対する年貢の減租を訴え、幕府の巡見使に直訴しました。
このとき、直訴した場所はどこでしょうか。

【答え】

内日亀ヶ原

【解説】

この頃は、凶作と豊作が交互に起こっていました。
当時の浮石村は長府藩家老の給領地で、度重なる凶作にもかかわらず納米(年貢)の増量を押し付けられていました。
そこでついに農民たちが怒り、代表で庄屋、畦頭たち五名が7月1日、下杢路子の豊田渡瀬で巡見使一行を待ち受けていましたがうまくいかず、翌11日内日村の亀ヶ原で直訴を決行しました。
結果的には、ご法度破りということで、彼らは長府松小田の刑場で処刑さけました。
しかし、この直訴によって年貢の増量は免除されるなど事件は「義挙」として後世に語り継がれ「浮石義民顕彰会」が組織され、浮石の亀尾山神社境内に「義民碑」、内日亀ヶ原には「浮石義民直訴の地」の石碑が建てられています。


関門海峡歴史文化検定問題集より 下関商工会議所発行
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Posted on 2017/07/14 Fri. 09:30 [edit]

category: 下関観光検定

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