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彦島のけしき

山口県下関市彦島から、風景・歴史・ものがたりなど…

下関観光検定034 

【質問】

「古事記」「日本書紀」にも下関が登場します。
仲哀天皇と神功皇后が九州の熊襲を討つため穴門の豊浦に着いて、豊浦宮を造ったと書かれていますが、豊浦宮は今のどの神社の場所に造られたのでしょうか。

【答え】

忌宮神社

【解説】

「日本書紀」をみると、九州に熊襲が反乱を起こして天皇が追討のため西下、穴門の豊浦津、今の下関市長府に着かれ、妃の神功皇后を呼び寄せられ豊浦宮を造営。
この地に七年ばかり宮居されていたことが書かれています。
この豊浦宮の造営の跡が、今日の忌宮神社地であるといわれ、昭和30年4月、豊浦宮址保存会の手で境内地内にある長府図書館横に「豊浦皇居址」の記念碑が建立されました。


関門海峡歴史文化検定問題集より 下関商工会議所発行
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Posted on 2017/07/05 Wed. 09:08 [edit]

category: 下関観光検定

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