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彦島のけしき

山口県下関市彦島から、風景・歴史・ものがたりなど…

蓋井島 

蓋井島


蓋井島にも、神功皇后さまに関係のある名がたくさんついています。
“蓋井島”の名前がついたのは、この島に“みずしまの池”というとてもきれいな水をたたえる池があって、むかし勝山住吉神社のおまつりには、この池からご神水としてくみ、わざわざ運んでいったといいます。
そして、くみおわったあとは、かたく蓋をして、だれも池の水をとることができないようにしていたことから“蓋井島(ふたおいじま)”という名がついたといわれます。


見付の瀬

皇后さまが宗像の三女神に戦勝を祈られたあと、黒崎の浜から船出されたとき、波間にこの島をみつけられたところからつけられました。


鞠の庭・乞月山

三韓征伐から凱旋され、蹴鞠のお遊びをされたところが“鞠の庭”
そのとき、日が暮れて真っ暗になったので、山に登られ、月を乞われたところ、たちまち満月になったというところから“乞月山”というようになりました。
このほか、“威勢の松”“酒の瀬”“鎧の瀬”など関係の深い名がたくさんあります。


山の神

三韓の国の一つ、新羅の鬼四つがこの島に渡り、日本を攻め入るために様子をうかがっていました。
これを知った皇后さまは、鬼のひそむ洞窟に家来を忍び込ませ、毒を酒がめの中に入れさせました。
なにも知らない鬼は、好物の酒をガブ飲みし、毒酒に酔って三つは、森の脇に倒れ、残る一つは、高野の田ノ頭というところで死んでしまいました。
けれども、その死んだ鬼の霊が仕返しに、島に病気をはやらせたり、あるいは次々に火災を起こさせるので、島の人たちは恐ろしくなり、霊をまつって“山の神”としました。
もちろん、病気や火災はおさまりましたが、それから七年に一度“山の神”のおまつりをするようになったということです。


(注)
山の神のおまつりは、七年に一度、十二月中(現在は海のおだやかな十一月に行う)の辰と戌の日を選んで四日間催されます。
山の神は、一ノ山・二ノ山・三ノ山・四ノ山とあって、島中の各家は、そのどれかの山に属しています。
各山へは、おまつりの期間だけ立ち入ることが許可され、森から枯木をたくさんとってきて、それを1メートルから2メートル半くらいの長さに切り、それを円錐形に立て、中に75本の幣を入れ、75尋の縄で回りを結びます。
その前に古壺が埋められていますが、これが、山の神の霊といわれています。
神迎え、神送りの行事がありますが、この山の神のおまつりは、祖先を敬うことと、山の幸、海の幸のめぐみに感謝し、次の七年までの豊作、豊漁をお祈りすることにあります。


『下関の民話』下関教育委員会編
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Posted on 2020/06/09 Tue. 10:39 [edit]

category: 下関の民話

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