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彦島のけしき

山口県下関市彦島から、風景・歴史・ものがたりなど…

引接寺口説 

引接寺口説


このお話は、ある人は享保年間の出来事だといい、またある人はずっと古く慶長年間のことだともいっていますが、とにかく江戸時代のはじめから中期にかけての出来事でしょう。

毎年、引接寺では四月八日にお釈迦祭りが賑やかに行われますが、この日はたくさんの人がおまいりします。

赤間町の萬小間物商京屋の一人娘おすみも、女中と一緒におまいりしました。
お祭もしだいに進んでいきましたが、お経を唱えている僧の中で、一段と美しく、また気品の高い人がおすみの目にとまりました。

その僧を一目見るなり、今年十七歳になるおすみは、ボーと顔を赤らめ、女中を置き去りにして家へ帰ると、自分の部屋にとじこもり、お昼も夕方の食事も食べようとはしません。

母親がいくらたずねても、返事をしないので、心配のあまり女中に娘のようすをうかがわせにやりました。
女中がおすみの部屋に入ってみると、おすみは机に両肘をついてボンヤリと考えているふうでした。
「お嬢さま、お嬢さま…」
二度ばかり声をかけてみましたが、おすみの耳には聞こえません。
三度目に女中は、おすみの耳元で大きな声を出して呼びますと、ようやく目がさめたように、おすみは女中のいることに気がつきました。

恥ずかしがるおすみから、女中がようやく聞きだしたところによると、どうやら引接寺の僧、浄然に恋をしたことがわかりました。
女中は、おすみの切ない恋心に同情し、母親には、少し熱があるからと言って黙っていてくれました。
それから、おすみは、筆をもって巻紙に、浄然を慕う気持ちを長々と書き、あくる朝、女中に頼んで浄然に渡してもらいました。

しかし浄然は、
「私は仏につかえるものです。このような手紙は受け取れません」
と、おすみにつき返してきました。

そうされるとよけいに浄然に会いたくなり、その夜、男物の衣装をつけ、刀を腰に、編み笠を深くかぶって引接寺へでかけました。
門が閉まっていたので、塀を乗り越え墓道を通って、浄然和尚の寝所へ忍び込みました。
浄然は驚いて、起き上がりましたが、よく見ると、男の姿をしていますが、まさしく京屋の一人娘、おすみ…。
「いまごろ、そんな姿で何事です」
と浄然は少し言葉を強めて言いましたが、おすみは、じっと浄然をみて、
「浄然様、私はあなたに恋心をいだきました。あなたとて男でしょう。私のこの真剣な願いを聞き届けてください。浄然様と一緒になれないのなら、この場で死にます」
と、おすみは本当に短刀を抜き、自分ののどに切っ先をあてました。
浄然の言葉ひとつで、おすみの短刀はのどを突くつもりです。
こうなっては、もう浄然は、おすみの申し出を断ることはできません。
とうとう、おすみと一緒になることを約束してしまいました。

このままでいけば、二人は幸せに暮らすことができたでしょう。
しかし、以前からおすみに恋心を持っていた町奉行が、二人のことを憎んで
“おすみと浄然が寺の宝物を盗み出した”と無実の罪をきせて、田中町の牢屋に入れ、筋ヶ浜で処刑しました。

処刑される前、浄然は奉行を恨み、数珠を引きちぎって砂浜に投げつけました。
その無念の数珠が、色とりどりの石となって、今でも海岸に散らばっています。


『下関の民話』下関教育委員会編
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Posted on 2020/06/08 Mon. 09:38 [edit]

category: 下関の民話

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