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彦島のけしき

山口県下関市彦島から、風景・歴史・ものがたりなど…

波頭をつま先に海辺を【西山】 

波頭をつま先に海辺を【西山】


緑の木々の中をまっすぐ天へ伸びる270段の石段、途中で一休みして登りつくと、そこは福浦金刀比羅宮の社殿で、幕末に吉田松陰が彦島を巡視したとき、立ち寄っている地でもあります。

参拝ののち、再び海岸へ戻って西山方面へ進むと、彦島地区の下水道終末処理場が右にあります。
彦島地区の下水道水洗化率は昭和57年末で23パーセント。
水洗化可能地域では、改造工事の促進が望まれるところです。

北九州と本市を結ぶ七つのルートの一つ、山九渡船の桟橋を左にするあたりは、昭和60年度の完成を目指して、西山木材港の工事が進んでいます。

海岸沿いに歩いた道は、荒田バス停からバス道路を進み彦島八幡宮へ。
彦島八幡宮は彦島の氏神で、10月21日に執り行われる「サイ上り神事」は市指定文化財で、市内でも有名な祭りの一つです。

さらに進んで彦島西山町一丁目の高台は、砲台のあった跡地で、円形の土盛りの上に立つと、360度の展望の中に、北浦の海岸線、六連島、九州の工場群、山並みそして海峡を見渡すことが出来ます。

小さな入り江をめぐって、竹ノ子島へは、奇岩もあって、楽しい海岸めぐりのコースです。


下関市教育委員会編「わがふるさと見て歩き」昭和58年発行
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Posted on 2019/11/21 Thu. 09:58 [edit]

category: わがふるさと見て歩き

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海峡のタコ壷漁 

海峡の自然

海峡のタコ壷漁

関門海峡のタコは、やわらかく、とくにおいしいといわれています。
それは、流れの速い潮で育っているからでしょうか。

海峡でタコ壷漁をする、安岡漁協のみなさんにお聞きした話です。

漁船一隻が、700個のタコ壷を海峡に沈めての漁です。
漁の方法は、長い綱に、3、4メートル毎にタコ壷を取り付け、次々に海峡に沈め、二日に一回引き上げます。
700個のうち、百二三十個にタコが入っているとのことで、確率は約二割です。

沈めた綱にはウキは付いていません。
それは、一日に行き交う船舶が700隻もある海峡では、ウキにぶつかることになるからでしょう。
では、沈めた綱の位置をどうして確認し、引き上げるのでしょうか。
タコの好漁場には10隻もの漁船が集中し、他の船が沈めた綱が、10メートルほどに近接していることもあるものの、決して他の船の綱を間違って引き上げることは許されません。

位置の確認は、「山たて」という方法です。
海上では常に行われるもので、例えば、前方に見える山の山頂と、工場のエントツを結ぶ延長線と、自分の船を結び、右に見える島の端と、山の松の木を結ぶ延長線で自分を結ぶ、その位置がポイントになります。

タコ壷漁でのポイントは、綱の先端から二個目の壷のところを引き上げることにあります。
引き上げるにはスマルという道具を沈め、引っ掛けて上げます。

他の船の綱を引き上げることが無いようにするには、正確な位置の確認が、技量として求められるのです。

スマルという道具は、金属製で、釣り針の形をした大きなものを3、4本結んで束にしたものです。
古くは家庭の井戸で、あやまって井戸に落としたツルベを引き上げるために使った道具でもあります。
引き上げ作業を始めると、綱をゆるめることなく一気に引き上げなければなりません。
少しでもゆるめると、そのときに、タコが壷から逃げ出すため、700個ものタコ壷は、船上の巻上げ機で一気に引き上げられます。

タコはきれい好きで、なめらかな肌の壷に入るそうです。

安岡漁協の岸壁では、小春日和の中に何千個ものタコ壷を並べ、金属のヘラで一つずつ、壷の内部についたカキガラなどを、丹念にけずり落とす作業風景が見られます。
早春の二月、イカ柴漁の開始まで、タコ壷漁は続きます。

おいしいタコをいただくとき、タコ壷漁を思い出してはいかがでしょうか。


安富静夫著「関門海峡雑記帳」(増補版)より
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Posted on 2019/11/21 Thu. 09:42 [edit]

category: 関門海峡雑記帳

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平家踊りの歴史 

平家踊りの歴史


 この踊りは、寿永の昔平家終焉の哀史以来、壇之浦において御入水遊ばされた安徳天皇の霊をお慰めすると共に、平家一門供養のために源を発したと言い伝えられ、先帝祭花魁道中(せんていさいおいらんどうちゅう)と共に下関市観光行事の双璧としての由緒ある踊りとして現在に伝承されております。

 三味線、音頭、太鼓、踊りの渾然一体となった速いリズムが醸し出す力強いエネルギーは、恰も関門海峡に渦巻く潮流のうねりの如く、馬関・下関の歴史を現在、そして未来へと伝えます。

 今日、この踊りは郷土芸能として広く下関市民に親しまれるばかりでなく、古くは大阪の万国博や沖縄の海洋博はもとより、国内大行事は申すに及ばず、フランスニースの国際カーニバルにも招待され、最近ではトルコ国イスタンブールにおいて開催されたジャパンウイークフェスティバル(2003年)の他、アメリカ、ヨーロッパ、中国、韓国でも公演・出演するなど、その名声は国際的にも高く評価されております。


下関平家踊り保存会ホームページより
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Posted on 2019/11/21 Thu. 09:29 [edit]

category: 下関あれこれ

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