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彦島のけしき

山口県下関市彦島から、風景・歴史・ものがたりなど…

水門から漁業基地へ【下関漁港】 

水門から漁業基地へ【下関漁港】


北浦をめぐる海岸線シリーズは、大和町と彦島を結ぶ「水門」から始まります。

水門は、関彦橋の交通混雑を緩和するため、橋を架ける工事が行われ、一日数回船舶が通行する時間帯以外は、車が通行できる吊り上げ式の珍しい橋です。

水門を後に漁港へ進むと、東シナ海から帰港して水揚げ中の風景を見ることができます。

船腹から次々に上がってくる魚箱には、大きなカニ、ハモなどが整然と並んでいます。
数百もの魚箱は、ベルトコンベアーの上で魚種別に区分され、氷が入れられて、高く積み上げられてゆきます。

歩を進めると、野菜などの食料や、氷、魚箱を積み込み、出港の準備に忙しい作業が行われていました。

減船問題、油価高騰などの影響を受け、このところ下関漁港の水揚げは低迷を余儀なくされていますが、再び全国屈指の活況をみせる漁港へと、よみがえる日を願わずにはおれません。

漁港の外れには、六連島と海士郷への渡船桟橋があり、六連島へは一日四便、彦島の海士郷へはひんぱんに便があり、船上から市街の家並みをながめることができます。


下関市教育委員会編「わがふるさと見て歩き」昭和58年発行
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Posted on 2019/11/12 Tue. 09:45 [edit]

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金子みすゞ略年表 

金子みすゞ略年表

1903年 父・金子庄之助、母・ミチの長女として生まれる
1910年 瀬戸崎尋常小学校に入学
1923年 郡立大津高等女学校に入学
1923年 4月に下関の上山文英堂に移り住み、5月頃、商品館内にあった同店支店で働き始める
      6月頃、「みすゞ」のペンネームで雑誌に投稿を始め、以後約90編を発表する
1926年 2月に結婚、11月に女児を出産
1927年 夏、下関駅(旧下関駅)で西條八十に会う
1929年 夏から秋にかけて3冊の遺稿集を清書
      夏以降、病の床につく。10月から娘・ふさえの言葉を採集する『南京玉』を書き始める
1930年 2月に夫と正式離婚
      3月10日、上山文英堂内で死去


下関たのしい旅のコンシェルジュ「楽しも」より
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Posted on 2019/11/12 Tue. 09:20 [edit]

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