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彦島のけしき

山口県下関市彦島から、風景・歴史・ものがたりなど…

下関駅周辺下駄ばきぶらたん より 

下関駅周辺下駄ばきぶらたん より
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Posted on 2019/09/21 Sat. 10:27 [edit]

category: ぶらたん

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火の山 

火の山


火の山の高さは264メートル、ここからのろしをあげると、かなり遠くまで、その煙がみえるはずです。
火の山の地名は、大昔火山が爆発して火を吹き上げたという説もありますが、異国から攻められたとき、すぐさま都へ知らせるため、この山の頂上から火をたき、のろしをあげて合図にしたからといわれています。

火の山から埴生の火の山、厚狭の日の峯山、小野田の番屋ヵ辻、宇部の宇部岬、吉敷郡東岐波の日野山、秋穂の火の山、というぐあいにのろしによる合図が都まで山づたいに知らせていきました。


『下関の民話』下関教育委員会編
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Posted on 2019/09/21 Sat. 09:37 [edit]

category: 下関あれこれ

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史蹟春帆楼 

史蹟春帆楼(しゅんぱんろう)


日清講和条約が締結された会場であり、「フグ食用禁止令」を伊藤博文が解禁した「ふぐ料理」の公許第1号店でもあります。
「春帆楼」の名も伊藤博文の命名です。

所在地 下関市阿弥陀寺町4-2
交通 JR下関駅からバス10分「赤間神宮前」下車、徒歩2分
お問合せ 春帆楼 083-223-7181



日清講和記念館


明治28年(1895)、日清戦争の講和会議が下関の「春帆楼」(しゅんぱんろう)で開かれ、清国の李鴻章と日本の伊藤博文の間で日清講和条約(下関条約)が締結されました。
その会議で使用された調度品やその他貴重な資料を公開、展示するために春帆楼に隣接して建てられたのが、この記念館です。
国の登録有形文化財に指定(答申中)。

所在地 下関市阿弥陀寺町4-3
交通 JR下関駅からバス10分「赤間神宮前」下車、徒歩2分
料金 入館無料
開館時間 9:00~17:00
お問合せ教育委員会文化財保護課 083-254-4697
休み なし



赤間神宮(あかまじんぐう)


源平壇ノ浦(だんのうら)の合戦で入水された安徳天皇を祭神とする神宮で、境内には安徳天皇阿弥陀寺御陵、平家一門の墓、七盛塚(ななもりづか)、ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の怪談で有名な「耳なし芳一」の木像が祭られている芳一堂、「長門本平家物語」「源平合戦図」など貴重な資料のある宝物殿等があります。
5月3日には、上臈参拝(じょうろうさんぱい)で有名な先帝祭のメイン会場となります。

所在地 下関市阿弥陀寺町4-1
交通 JR下関駅からバス10分「赤間神宮前」下車すぐ。/下関ICから車で約13分。
料金 宝物殿 100円
営業時間 宝物殿 9:00~17:00
お問合せ 赤間神宮 083-231-4138



本陣伊藤邸跡(ほんじんいとうていあと)


伊藤家は町内の大年寄で、奉行を務めた家柄でした。同家は参勤交代時、大名の宿となる本陣をつとめました。
幕末の当主は、シーボルトや坂本龍馬との親交が篤く、龍馬が京都で暗殺された時も妻のお龍(りょう)はここに滞在していました。昭和20年の戦災で建物は貴重な資料とともに焼け、現在は「本陣伊藤邸址」の碑があるのみです。

所在地 下関市阿弥陀寺町5番
交通 JR下関駅からバス10分「赤間神宮前」下車、徒歩3分
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Posted on 2019/09/20 Fri. 09:28 [edit]

category: 下関あれこれ

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赤間関・馬関・下関 

赤間関・馬関・下関

本州の最西端、三方を海に面しているせいか海岸線の長さは日本一と言われる下関は、人口約二十七万、中国地方では広島、岡山に次ぐものの、中程度の上位にランクされる都市。
といっても、明治二十二年、わが国に初めて市制が布かれた時にはその仲間に入っていたから、日本で一番古い都市の一つだと言うこともできる。

昔は、赤間ヶ関と呼んだ。
赤目の魚がいたからだとか、赤馬の関だとか、海の汐水、つまり閼伽だとか、その由来は諸説分分。
赤目の魚は鯛のことで、赤馬は大きな船という意味だが、ここでは詮索はすまい。

幕末になって赤間ヶ関は何故か、馬関と呼ばれるようになる。
赤間ヶ関とか赤馬が関と書いていたものを、六字から三字の呼び名に縮めてしまう感覚は、現代の若者に通じるものがある。
それは永い鎖国の夢がようやく覚めかけた頃でもあった。

この馬関の呼び名は、テレビや小説で馴染み深いが、演ずる役者たちは必ずと言ってよいほど、馬関のバにアクセントを置く。
テレビを見ていてこれほど不愉快なことはない。
自分の住んでいる土地がとんでもない語調で呼ばれたりすれば、そのドラマ内容が薄っぺらなものに見えてくるのは当然だろう。

馬関は、どこにもアクセントを置かないバカンである。
つまり馬関戦争とか馬関海峡と呼ぶ場合と同じ調子のバカンで発すれば、地元の人々も満足してくれる。
馬関という呼称は現在でも下関の旧市内以外の山村漁村地域の古老の間で生きていて「明日は馬関に行ってくる」という会話もしばしば聞かれる。
かえって馬関に住んでいる下関市民のほうが、バカンの存在をすでに忘れかけているのかもしれない。

ところで下ノ関という呼び名も本当は、かなり古いが赤間関市を改めて正式に市の名称を下関市としたのは明治三十五年のことである。


冨田義弘著「下関駅周辺 下駄ばきぶらたん」
昭和51年 赤間関書房
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Posted on 2019/09/19 Thu. 11:02 [edit]

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みもすそ川公園 

日本の歴史が動くとき、舞台はいつもこの海峡でした。
中世から近世へ、近世から近代へ。日本が大きく変わるとき、いつもスポットライトを浴びてきた下関、関門海峡。時代を動かす熱いエネルギー。
それは、日に4度も流れを変える急潮がこの地に育んだものかもしれません。
いまも一日に大小700隻の船が行き交う関門海峡。風景を優しく彩る潮騒と汽笛の音は環境庁選定の「日本の音風景百選」にも選ばれています。


みもすそ川公園


公園前の海は関門海峡の一番狭まったところで早鞆(はやとも)の瀬戸といわれ、潮流も一番速く、代表的な関門海峡の景色を見ることができます。
ここはまた、源平壇之浦合戦の古戦場であるとともに、幕末の攘夷戦で外国船に砲撃した砲台跡でもあります。

公園内には源義経・平知盛両雄の像(夜はライトアップされます)とともに、像の除幕式に参加された滝沢秀明さん(NHK大河ドラマ「義経」の義経役)中越典子さん(同 建礼門院役)をはじめ、大河ドラマ「義経」出演者の手形が設置されています。
また、長州砲のレプリカ5門も関門海峡をにらんで展示され、うち1門は音と煙の演出がお楽しみいただけます。

下関市みもすそ川町1番
JR下関駅からバス12分「御裳川(みもすそがわ)」下車すぐ。/下関ICより車で約5分。
下関市観光施設課 083-231-1838


しものせき観光ホームページより
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Posted on 2019/09/19 Thu. 10:45 [edit]

category: 下関あれこれ

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下関駅周辺下駄ばきぶらたん より 

下関駅周辺下駄ばきぶらたん より
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Posted on 2019/09/18 Wed. 10:20 [edit]

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乃木神社・横枕小路(のぎじんじゃ・よこまくらしょうじ)  

乃木神社・横枕小路(のぎじんじゃ・よこまくらしょうじ)


明治天皇に殉死した乃木希典(のぎまれすけ)を祭神として祀(まつ)っています。
境内には乃木将軍が幼少の頃育った家が復元され、ご夫婦の銅像も建てられています。
神社の左の路地は横枕小路と呼ばれ、樹葉(じゅよう)に覆われた土塀の空間は、そのままタイムトンネルといった味わいがあります。

下関市長府宮の内町3-8
JR下関駅からバス23分「城下町長府」下車、徒歩7分
宝物館 志納
宝物館 9:00~17:00
乃木神社 083-245-0252


しものせき観光ホームページより
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Posted on 2019/09/18 Wed. 10:07 [edit]

category: 下関あれこれ

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下関駅周辺下駄ばきぶらたん より 

下関駅周辺下駄ばきぶらたん より
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Posted on 2019/09/17 Tue. 10:07 [edit]

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旧下関英国領事館 

旧下関英国領事館


◆平成26年7月18日、リニューアルオープン◆

下関市民の心の安らぎであり、誇りでもある「旧英国領事館」。
平成11年5月に国の重要文化財の指定を受けました。
下関市内の国指定文化財(建築物)は、国宝である功山寺仏殿、住吉神社本殿、重要文化財で毛利元就が寄進した住吉神社拝殿に次いで4件目の指定となりました。

明治後半、時の駐日英国大使アーネスト・サトウは、成長著しい西日本における外交・経済・交通の拠点である下関に英国領事館を設置することを本国へ具申。
明治34年(1901)9月、英国領事館が下関に設置されました。

その5年後の明治39年(1906)、領事業務の拡大に伴い、領事館が新たに建設されました。
これが現在の建物で、現存最古の領事館建築物であることに加え、明治期の外交関連施設の典型を示すものとして歴史的価値が極めて高く、国際都市下関を象徴する建造物です。
赤煉瓦に包まれた建物は、昭和16年(1941)まで使用され、領事室や領事の居室などに使用された主屋と、使用人室や厨房などに使用された附属屋からなっており、設計者は英国工務局上海事務所技師長のウィリアム・コーワンと推定されています。

平成20年(2008)から保存修理を開始。
文化財としての根本的な保存修理として、耐震補強や地盤改良、復元などの工事を行いました。
平成26年(2014)7月18日にニューアルオープン。
リニューアル後は、1階が領事館と地域の歴史を紹介する展示スペース、当時の雰囲気を再現した領事室、2階が英国風カフェ&パブ、附属屋が市民ギャラリーになりました。

【旧下関英国領事館 概要】
● 建築概要
:主屋/煉瓦造総2階建、桟瓦葺、延床面積 308.244㎡
 附属屋/煉瓦造平屋建、切妻造及び瓦葺、延床面積 77.61㎡

JR下関駅からバス7分「唐戸」下車すぐ

(1階)9時~17時 (2階)9時~22時 (カフェ&パブ)10時~22時
毎週火曜日、年末年始
旧下関英国領事館 083-235-1906


しものせき観光ホームページより
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Posted on 2019/09/17 Tue. 08:56 [edit]

category: 下関あれこれ

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下関駅周辺下駄ばきぶらたん より 

下関駅周辺下駄ばきぶらたん より
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Posted on 2019/09/16 Mon. 09:48 [edit]

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