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彦島のけしき

山口県下関市彦島から、風景・歴史・ものがたりなど…

紅葉稲荷と福仙寺 

紅葉稲荷と福仙寺

地蔵堂の前の道をまっすぐに下れば西尾病院の前を通って豊前田通りへ出るが、地蔵堂のそばの石段を下ると、一人がやっと通れる軒下の路地で茶山通りの商店街に出る。

真向かいのベット屋と呉服屋の間の小路を登れば笹山で、勝安寺裏の大銀杏のそばをなおも登っていくと、左手は古い昔ながらの家並みが続く、そして右手は御影石の立派な石垣が美しい。
やがて峠へ出て左へ並ぶ軒下をくぐれば旧東方司だが、まっすぐに下れば豊前田の谷に出る。

谷筋のゆるやかな坂道を少し下って左手の米屋の角を折れて入ると大鳥居がある。
豊前田繁栄の守り神、紅葉稲荷神社の参道がそれで、左の小さな石段は福仙寺の山門に続く。

紅葉稲荷の玉垣に松旭斉天勝の名前が刻まれているのは、このお稲荷さんがもっと下方にあった頃、その境内の一角に稲荷座が華やかな一時期を送った名残である。

稲荷座は明治の初年から昭和初年までの約五十年間、東の弁天座と西の戎座(のち新富座となり戦後再び戎座)にはさまれながら市川八百蔵、菊五郎、左団次、歌右衛門、吉右衛門など一流の歌舞伎や松井須磨子や沢田正二郎らを招いて親しまれてきた。
しかし、三度に渡る大火によってついに身売りする羽目になり、それが後に大山劇場に変わって戦後はセントラル劇場となった。
今ではその跡地にセントラルビル、銀行、証券会社などが建っている。

豊前田通り近くにあった紅葉稲荷がこの山手に遷座されたのも、やはり三度に渡る大火が原因だった。

約五十年前までは、現在のお稲荷さんの森あたりに料亭が建っていて日夜夜毎、芸妓の笑顔や三味線の音が響いていた。
ところが三度目の大火の際に、焼け残った中村という家の屋根に稲荷大明神が立って、本殿の上方がうるさすぎる、と告げられたという。
そこで近在の住民が協議して、お稲荷さんを料亭よりも上の方、つまり現在地にお移し申し上げたところ、それ以来豊前田には火災が無くなったと、このお宮を守る浜上さんが話してくれた。

さて、ぶらたん氏、石鳥居と玉垣の刻字に見とれ過ぎたきらいがある。
天勝のそばには川棚芝居で鳴らした若島座が奉納した玉垣もあるが、石鳥居をくぐって約四十段の石段をのぼろう。
そこにも鳥居がある。
その脇に福仙寺への入り口があるが、その小さな門柱には、右側に
露涼し 身は撫子の… と彫ってある。
しかし左側の柱には下の句が無い。
よく見ると左右の石柱の大きさが違う。
だから一方が何かの事情で消え失せ、代わりの石を据えたものであろう。
この句の作者は「力」となっているが、無いとなれば何とかして下の句が知りたいと、ぶらたん氏、なかなかあきらめが悪い。

ここからまっすぐにお稲荷さんに向かうと左手に市の保存樹木に指定されている大イチョウがそびえ立っている。
そして右手の広場の片隅には、台座から高さ四メートル弱で幅約七十センチ、奥行三十センチの大きな歌碑が建っている。

一声を高く安け奈ん郭公
久も残土よ利きかしま寸ら舞

一声を高くあげなんほととぎす
雲の上より聞かしますらん

と彫ってあり、作者は為貞となっていて、裏面を見ると明治三十四年に息子さんが建てたことになっている。
為貞という人がどんな人か判らないが、ぶらたん氏はこの歌を判読する為に何度もこの境内に足を運んだ。

ここからまた石段を登ることになるが、その石段のそばにも四季の句を刻んだ碑がある。
読める字もあれば読めない字もかなり多い。
だからあきらめるというのは些か決断が早い。
読めない句碑はひっくり返してでも読んでみよう、と裏面にまわって驚いた。
「ばせを」と書いてあるから紛れもなく芭蕉の句が彫ってあるわけだ。

月代や 膝に手を置く 宵のほど ばせを

芭蕉はこの句を作るにあたって、何度も手を加えている。
「笈日記」を見ると
月代や膝に手を置く宵の宿 となっており、ほかにも、下五が「宵のうち」とか「雲の宿」となっていて、いろいろ迷った末の句であることが判る。

ところで、この句碑は一体なんだろう。
芭蕉の句碑を裏返して蕉風をくむ人たちが四季の句を刻んだものであろうか。
あるいは、何かのはずみで転倒したこの句碑をセメントで固める際に、表裏を間違えてしまったものだろうか。
いずれにしても天下の芭蕉が石垣に鼻をくっつけるようにして建っている句碑とは珍しいかもしれない。
因みに四季の句を彫っている四人は、三原紫幎、山県為静、桝田遊山、菊谷里水の四名だが、この人たちの事績を調べてみるのもまた面白いだろう。

さて、本殿へは、ここからさらに五十段ほど登らねばならない。
宝暦年間の灯篭や天保年間の手洗鉢などがあって本殿は近く屋根を葺き替えるとか。
ここには下関で最も優れた画家といわれた山中月洲の絵がある。

本殿横の朱塗りの鳥居は若宮様を祀っているもので、熱心な信者には、ここに三注の随神がおられ、赤ん坊を抱いた慈母観音の姿がはっきり見えるという。

ところでこのお稲荷さんは伏見稲荷の「わけみたま」だから日本三大稲荷の一つだと、ここにお詣りする人々は鼻が高い。

同じ境内に堀を隔てて並ぶ福仙寺は真言宗のお寺で、紅葉稲荷と同じくらいの大イチョウが本堂の前に繁っている。
大きな手入れのゆきとどいたソテツがあって、鐘楼もあるにはあるが戦時中に献納したままなのか釣鐘が無いのがいささか寂しい。

そして裏山に西国八十八箇所の霊場がある。
この辺り一帯は豊前田商店街からわずか百メートル奥まった場所とは思えないほどの静かな幽境で、まだまだ下関にはこんな聖域も残っているのかと、思わず胸を張りたくなるのである。


冨田義弘著「下関駅周辺 下駄ばきぶらたん」
昭和51年 赤間関書房
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Posted on 2019/08/17 Sat. 10:16 [edit]

category: ぶらたん

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下関の民俗 民間治療法16 

民間治療法16


《肋膜炎》

彼岸花の根または水仙の根をおろし、飯粒で練り、布に伸ばして土踏まずに貼る。
(安岡・内日)

マムシを蒸し焼きにして飲ませる。
(安岡)

ミミズを煎じたものを解熱のために飲ませる。
(王司・彦島・安岡・内日)

青ガエルの小さいのを生きたまま飲む。
(清末)

マムシの生かし焼酎を飲ませる。
(安岡)

墓の骨壷にたまった上澄みを飲む。
(秋根)

《心臓・血圧》

カキの葉を煎じて飲む。
(小月・安岡・吉母)

青ジソの焼酎漬に砂糖を加え、三ヶ月たったものを飲む。
(小月・長府・内日)

卵の黄身の油を飲む。
(旧市内・安岡・彦島)


「下関の民俗知識」中西輝麿著より
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Posted on 2019/08/17 Sat. 09:45 [edit]

category: 下関の民俗

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高杉晋作 

高杉晋作


東行高杉晋作は、生まれ故郷の萩城下よりも、むしろ奇兵隊創設以来かかわりをもつことになった下関を愛していたようである。
だから高杉の遺言とも思われる私信に「死して赤間ヶ関の鬼となり」「赤間ヶ関の鎮守とならん」などの字句も見える。

「動けば雷電の如く、発すれば風雨のごとし」
これは、高杉の性格や行動を最も端的に表現したものとして知られる伊藤博文の撰であるが、土佐の中岡慎太郎の評も適切である。
「兵に臨んでまどわず、機を見て動き、奇を以って人に勝つものは高杉東行、これまた洛西の一奇才」

その高杉晋作は、彦島にとって大の恩人である。
というよりも、むしろ、近代日本に於ける大恩人ということが出来よう。

元治元年八月、長州藩はアメリカ、イギリス、フランス、オランダの四カ国連合艦隊の猛攻を受け、和議に臨む羽目になったが、8月14日、第三次講和条約に於いて、イギリス提督クーパーが「彦島を租借したい」と申し出た。

この時の全権大使高杉は、その前上海に渡り九竜島租借の現状を見ていたので、顔面を紅潮させて、これを断ったという。
もしもあの時、負け戦ゆえに弱腰となってイギリス側の要求を受け入れていたら、彦島は九十九年間の租借地となり、この小さな日本の国土も四カ国によって等分に分けられ植民地化していたことであろう。

相手を見抜く力と、何十年、何百年先を見通す眼力が、生まれながらにしてそなわっていた高杉ではあるが、彼はまた、何度も彦島に足を運んで農兵や住民たちとも親しく接しており、関門の要塞としての地形的な利を心得ていたから、断固これを蹴散らした。

高杉晋作が初めて彦島に足跡を印したのは文久三年6月8日のことで、結成したばかりの奇兵隊士を引き連れ、島内各地の台場を巡視したが、その後も、8月13日には世子定弘公のお伴をして、毛利登人と共に弟子待砲台などを視察している。
また、都落ちの五卿が白石正一郎の案内で福浦金比羅宮に参詣したこともあり、勅使、長府藩主らも各台場を激励して回っている。
恐らく高杉は先導をつとめたであろう。

慶応二年7月6日にも高杉は福田侠平らを連れて来島しているが、奇兵隊結成に際し、隊の軍律を「盗みを為す者は死し、法を犯すものは罰す」という僅か二ヶ条のみの単純明快さと、「彦島を租借」と一言だけ聞いて烈火のごとく怒りこれを断った明敏さには、やはり、共通した何かが感じられ胸が熱くなる。

彦島の古老が今でも「高杉さん」と呼ぶのは、限りない感謝の気持ちが込められているからだろう。


冨田義弘著「彦島あれこれ」より抜粋
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Posted on 2019/08/17 Sat. 09:15 [edit]

category: ぶらたん彦島

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