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彦島のけしき

山口県下関市彦島から、風景・歴史・ものがたりなど…

海峡の水深 

海峡の自然

海峡の水深

関門海峡の水深は、以外に浅く約13メートルです。
関門海峡には、航行する船舶の妨げにならないように常に浚渫作業船の姿が、どこかで見られます。

浚渫作業は、第四港湾建設局が行っているもので、潮流が速く、船舶の往来が激しいことから、一日の作業は四時間以内、平日の潮の流れが4ノット以下の時に行われます。
13メートルの水深で、3万トンクラスの船舶が航行できるそうです。
13メートルは、関門橋のけた下から海面までの高さが61メートルですから、その四分の一にも及びません。

昭和20年に終結した第二次世界大戦では、関門海峡に5500発(日本全土11000発の半数)の機雷が投下され、沈没した船は約400隻を数え、船のマストが海峡に林立していたそうです。


安富静夫著「関門海峡雑記帳」(増補版)より
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Posted on 2019/07/16 Tue. 11:41 [edit]

category: 関門海峡雑記帳

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下関観光検定088 

【質問】

下関に生まれ、日本を代表する大女優となった田中絹代ですが、七歳で大阪に移り住むまで通っていた小学校の名称はなんでしょうか。

【答え】

下関市立王江尋常小学校

【解説】

大正5年、絹代は下関市立王江尋常小学校に入学しましたが、経済的な理由により翌年には、母ヤスの実兄の住む大阪天王寺に移ることになりきした。
現在、田中絹代が二年生一学期まで在籍した王江小学校図書館には、「田中絹代コーナー」が設置されています。


関門海峡歴史文化検定問題集より 下関商工会議所発行
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Posted on 2019/07/16 Tue. 11:39 [edit]

category: 下関観光検定

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新栄湯 

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新栄湯

また入り口が特徴的な明治時代創業のお風呂屋さん「新栄湯」を覗くと、今でも昔のままの番台やロッカー、お風呂場が残っていました。
当時は海軍の兵隊さん方が揃って入浴しにきていたそうです。
先代のお父様が毎日毎日綺麗に掃除していたため、大正時代とは思えないほど綺麗に残っていました。
10年前にお風呂は閉めてしまったそうですが、現在はギャラリーとして古布を使った人形や洋服などが展示販売されていました。

やまぐち自慢ですよ(下関市彦島)2012.07.28より


新栄湯

下関市彦島本村。
創業はなんと明治。
大正時代を経て激動の昭和をくぐり抜けた銭湯だとか。
十数年前に廃業となり今では地域のギャラリー等で利用されていると言う。
未だ男湯、女湯の入口を残しその風情を感じることができる。

銭湯へ行こう( #銭湯へ行こう ) より
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Posted on 2019/07/16 Tue. 11:09 [edit]

category: 彦島あれこれ

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