05 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.» 07

彦島のけしき

山口県下関市彦島から、風景・歴史・ものがたりなど…

うり子姫 

うり子姫


 むかしむかし、あるところに、子どものいないおじいさんとおばあさんが住んでいました。

 ある日の事、おばあさんが川へ洗濯に行くと、ドンブラコ、ドンブラコと大きなうりが流れてきます。
「おやおや、何て大きなうりでしょう。家へ持って帰って、おじいさんと二人で食ベましょう」
 おばあさんはうりを拾い上げると、家へ持って帰りました。
 うりが大好物なおじいさんは、おばあさんが持って帰ったうりを見て大喜びです。
「こんなに大きなうりは、初めて見た。・・・よし、わしが切ってやろう」
 おじいさんが包丁(ほうちょう)を振り上げると、うりはひとりでにパカッと割れて、中から可愛らしい女の子が飛び出してきました。
「おや?」
「まあ!」
 子どものいないおじいさんとおばあさんは、大喜びです。
 うりから生まれた子どもなので、名前を『うり子姫』と名づけました。

 赤ちゃんの頃から可愛い子でしたが、うり子姫は大きくなるにつれてますます可愛らしくなり、やがて成長すると『けしの花』の様な美しい娘になりました。
 そのあまりの美しさに、お殿さまがお嫁にほしいと言ってくるほどです。
 うり子姫は機(はた)をおるのがとても上手で、毎日楽しそうに機おりをしながら、おじいさんとおばあさんが帰って来るのを待っていました。

 ある日の事、うり子姫がいつもの様に一人で機をおっていると、やさしそうな声で戸をたたく者がありました。
「もしもし、可愛いうり子姫や。この戸を、開けておくれ。お前の上手な機おりを、見せてほしいのさ」
 けれども、うり子姫は戸を開けずに言いました。
「いいえ。
 戸を開ける事は、出来ません。
 もしかすると、あまのじゃくという悪者が来るかもしれないから、誰が来ても決して戸を開けてはいけないと、おじいさんに言われているのです」
 するとその声は、もっとやさしい声で言いました。
「おやおや、あのあまのじゃくが、こんなにやさしい声を出すものかね。大丈夫だから、開けておくれ」
「・・・でも、戸を開ける事は出来ません」
「それなら、ほんの少しだけ開けておくれよ。ほんの少し、指が入るだけでいいからさ」
「・・・それなら、指が入るだけ」
 うり子姫は、ほんの少しだけ戸を開けました。
 するとその声が、またやさしい声で言います。
「ありがとう、お前は良い子だね。
 でも、もう少しおまけしておくれよ。
 ほんのもう少し、この手が入るだけでいいからさ」
「それなら、手が入るだけ」
 うり子姫は、また少し戸を開けました。
「お前は、本当に良い子だね。
 でも、もう少しおまけしておくれよ。
 ほんのもう少し、この頭が入るだけでいいからさ」
「それなら、頭が入るだけ」
 うり子姫がまた少し戸を開けると、戸のすきまから頭を突き出したあまのじゃくが、するりと家の中へ入って来ました。
「けっけけけ。
 お前は、バカな娘だ。
 じいさんとの約束を破って、おれさまを家に入れるなんて」
 あまのじゃくはうり子姫の着物をはぎ取ると、うり子姫を裏山の柿の木にしばりつけました。
 それからあまのじゃくはうり子姫の着物を着て、うり子姫に化けて機おりを始めました。

 間もなく、おじいさんとおばあさんが帰って来ました。
「うり子姫や、さびしかったろう」
 するとあまのじゃくが、うり子姫の声をまねて答えました。
「ええ、とってもさびしかったわ」
 その時、家の前が騒がしくなりました。
 うり子姫をお嫁にもらう為に、お殿さまのカゴが迎えに来たのです。
「うり子姫や、お殿さまのお迎えが来たよ。これでお前は、何不自由なく幸せになれるよ」
 おじいさんとおばあさんはとても喜んで、うり子姫に化けたあまのじゃくをカゴに乗せました。

 カゴの行列はお城へ向かって、裏山の道を登って行きました。
 すると柿の木のてっペんで、カラスがこんな声で鳴き出しました。
♪カー、カー、カー、カー、かわいそう。
♪うり子姫は、木の上で。
♪おカゴの中は、あまのじゃく。
「おやっ?」
 みんなはそれを聞いて、うり子姫がしばりつけられている柿の木を見上げました。
「まずい、逃げよう」
 うり子姫に化けたあまのじゃくはカゴから逃げようとしましたが、お殿さまの家来に捕まって首をはねられてしまいました。

 こうして本物のうり子姫がカゴに乗ってお城へ行き、お殿さまのお嫁さんになって幸せに暮らしたのです。


山口県の民話 福娘童話集より
http://hukumusume.com/douwa/index.html
関連記事

Posted on 2019/06/05 Wed. 10:54 [edit]

category: 山口むかし話

TB: --    CM: 0

05

下関観光検定049 

【質問】

決闘の島として全国的に有名な巌流島には、高名な人も多く訪れています。
「巌流の墓がある」という意味の文章を残したのは、誰でしょうか。

【答え】

吉田松陰

【解説】

巌流島の正式名は船島です。
下関市大字彦島字船島648番地。
この島で慶長17年4月13日、宮本武蔵と佐々木小次郎が決闘し、敗死した小次郎の号から、巌流島とも呼ばれるようになりました。
清国が英国に敗北した阿片戦争など風雲急を告げる幕末、吉田松陰は藩命により日本海沿岸の防備を視察しました。
彼はこの巡視の記録を「廻浦紀略」として書き残しています。
それによれば、寛永2年7月16日の項に「舟に乗りて巌流島に至る。これ佐々木巌流・宮本武蔵激剣し、巌流討たせたりと云ふ。巌流の墓あり」という意味のことを記しています。
「巌流討たせたりと云ふ」は意味深長な言葉です。
小次郎は小倉城下で道場を開き多くの門下生がいたが、弟子たちの乱暴狼藉が激しくて町の人が迷惑していたので、小倉藩の家老長岡佐渡が武蔵に依頼して小次郎を討たせたのではないか、という説が伝えられています。


関門海峡歴史文化検定問題集より 下関商工会議所発行
関連記事

Posted on 2019/06/05 Wed. 10:53 [edit]

category: 下関観光検定

TB: --    CM: 0

05

小瀬戸の海ぼうず 

ひこしま昔ばなしより
小瀬戸の海坊主
IMG_5365_20180903101440476.jpg

IMG_5366_2018090310144276b.jpg

IMG_5367_201809031014445c6.jpg

IMG_5368_2018090310144673e.jpg
関連記事

Posted on 2019/06/05 Wed. 10:38 [edit]

category: ひこしま昔ばなし

TB: --    CM: 0

05

テトリガンスの二つのつぼ 

ひこしま昔ばなしより
テトリガンスのつぼ
IMG_5361_201809031004516bf.jpg

IMG_5362_20180903100453b51.jpg

IMG_5363_20180903100454136.jpg

IMG_5364_201809031004567ee.jpg
関連記事

Posted on 2019/06/05 Wed. 10:19 [edit]

category: ひこしま昔ばなし

TB: --    CM: 0

05