05 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.» 07

彦島のけしき

山口県下関市彦島から、風景・歴史・ものがたりなど…

もぐらの婿さがし 

もぐらの婿さがし


むかし、むかし、一人娘をもったもぐら夫婦がおりました。

もぐら夫婦は
「わしらあ、土をほって暮らすだけじゃで、せめて、かわいい娘なりと、どこか上のほうのものにやりたいもんじゃのう」と、つねづね考えておりました。

「一番上ちゅうと、お天道(てんとう)さんじゃろう」
そこで、モグラ夫婦は、お天道さんのところへ行って
「あんたより上のものはないそじゃけ、うちの娘をもろうてくだされい」と、頼みました。

すると、お天道さんは
「わしよりまだ上には、黒雲(くろくも)がおる。わしがどんなにてらしちょっても、黒雲がくりゃあ、かなわんけえの」と、言いました。

そこで今度は、黒雲のところへ行き
「お天道さんが、あんたのほうが上じゃとおしえてくれたけえ、娘をもろうちゃくれまいか」
そう、頼んだところ、黒雲は
「いやいや、わしより上は風じゃ。風がふきゃあ、わしはすぐとんでしまう」
と、言いました。

もぐら夫婦は、さっそく風のところへ行き
「娘をもろうてくだされい」と、頼みました。
すると、風は
「いやあ、わしも練塀(ねりべい)にゃあ、どねえしょうもない。わしの風がなんぼふいても、練塀が邪魔(じゃま)すりゃあ、かてんけえの」と、言いました。

上には上があるものじゃと、もぐら夫婦は感心して、練塀のところへ行きました。
「練塀さん、うちの娘をもろうてくだされい」
また頼むと、練塀は
「いやいや、わしがこねえに立っちょっても、もぐらから下をほじくられたら、じきに倒れてしまうけえ、もぐらの方が上じゃ」
と、言いました。

すると、もぐら夫婦は
「へえ、そいじゃあ、わしらが一番上で、えらいっちゅうことになるんじゃあないかいや…」と、言いました。

そして、もぐら夫婦は、とうとう、娘を、自分たちと同じもぐらの家へ嫁にやった、ということです。

(豊浦郡)


山口銀行編纂 山口むかし話より転載
関連記事

Posted on 2019/06/01 Sat. 10:42 [edit]

category: 山口むかし話

TB: --    CM: 0

01

下関観光検定046 

【質問】

江戸時代に港町として繁栄した下関ですが、港町につきものの遊郭もたくさんありました。
なかでも全国的に名をはせ、井原西鶴の「好色一代男」にも書かれている遊郭のあった場所はどこでしょう。

【答え】

稲荷町

【解説】

北前船の帰港により下関が繁栄していくにつれ、遊郭も隆盛となっていきました。
その代表が稲荷町。
井原西鶴の「好色一代男」にも稲荷町のことが描かれています。
この稲荷町は昭和39年の戦後復興による区画整理のため、町並みの様子もすっかり変わり、町名も赤間町と改められています。
下関の花街としてはこのほかに、稲荷町に隣接する裏町、豊前田、竹崎、今浦、新地遊郭などがありましたが、稲荷町の遊郭が全国に知られていました。


関門海峡歴史文化検定問題集より 下関商工会議所発行

関連記事

Posted on 2019/06/01 Sat. 10:12 [edit]

category: 下関観光検定

TB: --    CM: 0

01

竹の子島の灯台 

ひこしま昔ばなしより
竹の子島の灯台
IMG_5355_20180901091507f6b.jpg
関連記事

Posted on 2019/06/01 Sat. 10:10 [edit]

category: ひこしま昔ばなし

TB: --    CM: 0

01