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彦島のけしき

山口県下関市彦島から、風景・歴史・ものがたりなど…

大入道ダコの恩返し 

語り継ぎたい山口昔話

タコの頭に乗って海を渡ったお侍
大入道ダコの恩返し
---(旧)新南陽市---

福田大和守(やまとのかみ)は、*青雲の志に燃え、九州のとある港から、年に1・2度江戸に上る船に便乗し旅立った。
門司で船泊りし、いよいよ瀬戸内海に入る頃から、急に天気か崩れ海が荒れ出した。

そのとき、どこから現れたか1匹の入道ダコが船端にへばりついている。
これを見た船頭のかしらは、
「うわー、すごい大ダコじゃ、とっ捕まえて塩茹でにしてくれよう。」
と、2本の脚に船かぎを打ち込み、首の所に縄をかけグイグイ引っ張った。
「オーイ、早う棒でも何でも持って来い、叩き殺すんだー。」
かしらの大きな声に船乗り達が集まった。
大和守はびっくり。生まれつきやさしく情け深い青年武士なので、これは大変とみんなの中に割って入り、
「見てください。フカかなんかに追われ、怪我をしているじゃありませんか。この船が通りかかったが幸い、助けてくれと取りついたのでしょう。どうか逃がしてやってくれまいか。」
だが、船頭のかしらは反対に、カンカンになり頭から湯気を出して怒る。
「では、どうしても殺すといわれるなら、拙者に売ってください。」
大和守の熱意にかしらは負け、金を受け取ると大ダコを海に放した。
海はますます荒れ狂い、帆を降ろしていたが船はひっくり返った。

気を失っていた大和守が漂流して助けられた所は、とある小島の猟師の家だった。
親切に甘え数日を過ごしたが、大望のある身、島を出る機会を狙っていた。
そんなある夜、月が明るく浜辺を照らしていた。
砂地を這う異様な音に、大和守は戸を開けて外に出てみた。
前のタコの倍はある大入道ダコが、こちらを向いて頭を擦りつけ礼を言っている。
「いつぞや命を救っていただいた子ダコの親です。あなたのお役に立つため、私が本土までお連れします。
どうぞ私の頭の上にお乗りください。」
心の中で島に別れを告げ、大和守は翌朝、周防のとある浜辺に着いた。
「ありがとう、この恩に報いる為、拙者は一生タコは食べない、誓うぞ!」
と約束した。大和守は、生涯それを守ったが、、どうしても食べなければならない時は
「これはイカじゃ。」
と、自分に言い聞かせ口に運んだという。

*立身出世を願うこころざし。

(参考文献・山口県ふるさとづくり県民会議編「語りつぎたい山口昔話」)
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Posted on 2019/05/25 Sat. 10:21 [edit]

category: 山口むかし話

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下関観光検定039 

【質問】

源平壇之浦の合戦で入水された安徳天皇のご遺体は伊崎に住む漁業の一族によって引き上げられたといわれています。
そのため安徳天皇を弔う先帝祭では、この一族の末裔の皆さんが先導するしきたりとなっています。
さて何家でしょうか。

【答え】

中島家

【解説】

源平壇之浦合戦の翌日、伊崎に住む中島組という漁業団が丸太船4隻に分乗し、四ひろ網を張って小門海峡で漁をしていた時、網にかかったのが安徳天皇のご遺体でした。
船のものは恐れ多いと直ちに小門の陸上にご遺体を移して安置しました。
この場所を「御旅所」といいます。
現在でも安徳天皇の御霊を弔う先帝祭の上臈道中・上臈参拝を先導するのは「中島家」です。


関門海峡歴史文化検定問題集より 下関商工会議所発行
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Posted on 2019/05/25 Sat. 09:57 [edit]

category: 下関観光検定

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