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彦島のけしき

山口県下関市彦島から、風景・歴史・ものがたりなど…

なまことクジラの泳ぎ勝負 

なまことクジラの泳ぎ勝負


 むかしむかし、日本の海には、たくさんのクジラが住んでいました。
 クジラは体が大きくて力持ちで、それに泳ぎの名人ですから、どんな魚もかないません。
 だからクジラたちは大いばりで、毎日ゆうゆうと海を泳いでいました。
 さあ、おもしろくないのは魚たちです。
「何とかして、クジラをやっつける方法はないだろうか?」
 毎日のように集まっては相談しましたが、いい方法は浮かびません。
 するとそこへ、なまこがやってきました。
「よし、わしにまかせてくれよ」
 なまこはそう言うと、一人でクジラの親分のところへ行きました。
「こんにちは、クジラの親分さん、あの、一つ頼みがあります。わしと向こうの岩まで泳ぎ比べをしてくれませんか?」
 それを聞いたクジラの親分は、
(のろまで有名ななまこが、何を馬鹿な事を)
と、思いましたが、ここで断ったら、なまこに負けた事になります。
「いいだろう、さっそく始めよう」
 クジラの親分は向こうの岩をめざして、ゆっくりと泳ぎはじめました。
 いくらゆっくり泳いでも、なまこに負ける心配はありません。
 それでも、あっという間に向こうの岩に着いてしまいました。
(さて、なまこのやつ、いつ泳ぎ着く事か)
 そう思って、ふと前を見ると、なんとそこにはなまこがいて、
「おやおや、ずいぶんと遅かったですね。今まで何をしていたのですか?」
と、言うではありませんか。
「そんなばかな!」
 クジラの親分は、どうしてなまこに負けたのか、さっぱりわかりません。
「よし、今度は、あの岬まで勝負だ!」
 言うなり、クジラの親分はものすごい勢いで泳いでいきました。
「よし、これなら大丈夫だ」
 岬についたクジラの親分が、後ろを振り返ろうとすると、
「やあ、今度は、さっきより早かったですね」
と、目の前の岩で、なまこの声がしました。
「なに! いったい、どうなっているんだ?!」
 すっかりあせったクジラの親分は、今度はあの岩、次はあの岬と言って、なまこと何度も泳ぎ勝負をしましたが、不思議な事に、いつも負けてしまいます。
 さすがのクジラの親分も、すっかり困ってしまいました。
(なまこに負けたなんて事がばれたら、ほかの魚に馬鹿にされてしまう。・・・仕方がない。出ていこう)
 そこでクジラの親分は子分たちを引き連れて、遠い南の方の海へ引っ越していきました。
 日本の海にクジラがいなくなったのは、その時からだそうです。
 さて、なまこはどうしてクジラの親分に勝ったのかというと、実は、なまこは仲間たちと相談して、あちこちの岩にはじめから隠れていたのです。
 そんな事とは知らないクジラの親分は、自分が負けたと思い込んだのでした。


山口県の民話 福娘童話集より
http://hukumusume.com/douwa/index.html
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Posted on 2019/05/18 Sat. 09:40 [edit]

category: 山口むかし話

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下関観光検定032 

【質問】

下関では、市のシンボルマークは「フクフクマーク」、市の魚は「フク」ですが、市の虫はなんでしょうか。

【答え】

ホタル

【解説】

市の虫はホタル。
下関市においてホタルに関する保護条例を制定。
また、木屋川・音信川ゲンジボタル発生地は国の天然記念物に指定されており、豊田町にはホタルのミュージアムがあり、毎年、ホタル祭が開催されています。


関門海峡歴史文化検定問題集より 下関商工会議所発行
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Posted on 2019/05/18 Sat. 09:24 [edit]

category: 下関観光検定

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舟島怪談 

舟島怪談


 舟島というのは、江ノ浦と弟子待の沖合に浮かぶ巌流島のことです。
 慶長十七年(1612年)春、佐々木小次郎と宮本武蔵がこの島で雌雄を決して、巌流島と名付けられました。

 むかしから、平家びいきと言われるこの地方の人びとのことですから、敗れた小次郎の死をいたみ、哀しんで付けたものでしょう。
 そののち、この島には、小次郎の墓も建てられたと言いますが、いつのまにかなくなり、幕末の頃、吉田松陰が立ち寄った嘉永年間には、また建てられてあったそうです。
 現在、この島には、小次郎の墓と呼ばれる碑が建っていますが、これは明治年間における巌流島拡張工事の際のものです。

 舟島には、小次郎の怨霊を思わせるような怪談が、たくさん残されています。
 それは、俗に『舟島怪談』と呼ばれる一連の話ですが、不気味な中にも、小次郎の死をいたむ人びとの、憐れみや思いやりのようなものが感じられます。
 それらの話の幾つかは、昔、弁天座や稲荷座のお盆興行で、前座に使われたこともある程、かなりたくさん伝えられていたそうですが、今では殆ど、すたれてしまいました。



舟島怪談 青い火


 毎年、お盆の八月十六日、月が西に沈むと、舟島から青い火がすーっと空に舞いあがります。そして小倉のほうへ、ほわりほわりと流れて行くのです。
 すると、それを待ちかねていたかのように、小倉の空からも同じように青い火がすーっと飛び立って、こちらへやって来ます。
 二つの青い火は、大瀬戸の海の上で、もつれ合うように、あがったり下がったりしますが、やがて、ぐるぐる回りはじめます。そして、ぶっつかっては消え、またぶっつかって、それが小半刻もつづくのです。

 だから彦島の海べりの人びとは、その夜だけは早くから戸を閉めて寝込むのが習慣になりました。しかし、中にはこわいもの見たさで、とざした戸のすき間から、恐る恐る青い火を見ようとする人も居ましたが、そんな人は必ず病気になったと伝えられています。


富田義弘著「平家最後の砦 ひこしま昔ばなし」より

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Posted on 2019/05/18 Sat. 09:22 [edit]

category: ひこしま昔ばなし

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