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彦島のけしき

山口県下関市彦島から、風景・歴史・ものがたりなど…

厚狭の寝太郎 

厚狭の寝太郎


むかし、厚狭の庄屋さんに、寝太郎と呼ばれる 寝ることの好きな息子がおりました。

三年と三月を寝て暮らしたある日のこと、寝太郎はひょっこり起きてきて、
「お父さん、わしに千石船を一そうつくってつかぁさい」と、やぶから棒にせがみました。

「千石船をつくれとな。夢の続きでもみちょるんかい」と、父親の庄屋さんは相手にしませんでしたが、
「わしゃぁ、本心じゃ。たのむけぇ、千石船をつくってつかぁさい」と、寝太郎は真剣なので、庄屋さんは根負けして千石船をつくってやりました。

すると、こんどは、
「あの千石船いっぱいのわらじを買ってつかぁさい」と、せがみました。
「買うちゃらんこともないが、どうするんな」と、わけをたずねても寝太郎はせがむばかりです。
庄屋さんはわけの分からないままわらじを集めさせると
「わらじを千石船につんで、水夫をやとうてつかぁさい」と、せがみました。
水夫が集まると、寝太郎はよろこんで船にのりこみ、厚狭の入江を船出しました。

船は玄海の荒海から日本海へと進んでゆきました。
こうして二十日ばかりたったある日のこと、船はゆくてに大きな島影をみつけました。
それは名高い佐渡ヶ島だったのです。

港に船をつけると、さっそく寝太郎は人々を呼び集めて、島の人がはきふるした古いわらじを、積み荷の新しいわらじと取り替えはじめました。

千石船が古いわらじでいっぱいになると、
「さあ、用事は済んだ」と寝太郎は張り切って島を出ました。

家に帰るとすぐ、寝太郎は
「お父さん、できるだけ大きな桶(おけ)をつくってつかぁさい」と、せがみました。
庄屋さんは寝太郎が帰ってきてくれたうれしさに、さっそく大きな桶をつくらせました。

寝太郎は桶に水をいっぱいはらせ、古いわらじを中にどんどん入れました。
これを見て、さすがの庄屋さんもたまげてしまいました。

しかし、寝太郎は何日も水夫たちと、わらじの土をきれいに洗い落とす作業を続けました。

そして、桶(おけ)の水をくみすてるとたくさんの土が見えてきました。
その土をよく見ると、きらきらと光るものがあるではありませんか。

「金じゃ、金の砂じゃ」と、みんなは大変喜びました。
わらじの砂は金の砂と分けられて、庄屋さんの屋敷へどんどん運び込まれました。
こうして寝太郎は大金持ちになりました。

そのころ、金山で名高かった佐渡ヶ島では、一にぎりの砂も持ち出すことは固く禁じられていたのです。
寝太郎は、この佐渡島の金をどうやって持ち出そうかと、三年と三月も寝て考えたすえに、この黄金を手に入れたのでした。

寝太郎はこのお金で、千町田と呼ばれる水田をつくりあげ、村の百姓衆に分けてやりました。
今では村の人達に寝太郎さまといわれ、神さまにまつられるようになった、ということです。

(厚狭郡)


山口銀行編纂 山口むかし話より転載
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Posted on 2019/05/15 Wed. 08:21 [edit]

category: 山口むかし話

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下関観光検定029 

【質問】

下関市では、市の花、木、花木を定めています。
さて、市の花はなんでしょうか。

【答え】

ハマユウ

【解説】

下関市の市の花はハマユウ。
ハマユウは、日本の暖地海岸に分布する常緑の多年生草です。
ハマユウを中心とした吉母海岸植物群落は市指定文化財、県指定の天然記念物です。


関門海峡歴史文化検定問題集より 下関商工会議所発行
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Posted on 2019/05/15 Wed. 08:19 [edit]

category: 下関観光検定

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きぬかけ石 

きぬかけ石


 むかし、源氏に追われた平家一門は、壇ノ浦の流れにことごとく沈んで滅びました。

 しかし、ある武将の妻は、不思議に助かって彦島に落ちのびました。
 妻は、毎日、夫の消息を訊ねてあちこち歩きまわっていましたが、夫が、一門と共に海峡の藻屑と消えたと知ると、小戸の大岩にすがって泣きくずれました。

 そして翌日から、朝に夕に、この岩の上から壇ノ浦の空をみつめながら夫の名を呼びつづけました。島びとたちはその姿に貰い泣きするばかりでしたが、どうすることも出来ません。

 やがて妻は、痩せおとろえ、狂ったようになってしまいました。

 ある嵐の吹きすさぶ日でした。

 病人さながらのその女は、頭からずぶぬれのまま、よろよろとこの大岩にのぼり、ゆっくりと衣をぬぎました。そしてこれを、夫の肩にやさしく掛けるかのようにふわっと置いて、壇ノ浦の方を拝んだかと思うと、小瀬戸の渦潮に飛び込んでしまいました。


 嵐は三日三晩つづいて、ようやく去りました。ところが、岩の上には女の衣が、あの大風に吹き飛ばされることもなく、ひらひらと舞っていたといいます。


 それから誰いうとなく、この岩のことを『きぬかけ石』と呼ぶようになりました。



富田義弘著「平家最後の砦 ひこしま昔ばなし」より
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Posted on 2019/05/15 Wed. 07:47 [edit]

category: ひこしま昔ばなし

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