04 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.» 06

彦島のけしき

山口県下関市彦島から、風景・歴史・ものがたりなど…

滑と弘法大師 

滑と弘法大師(なめらとこうぼうだいし)山口市徳地


 平安時代の初め(今から約1200年前)頃、四国・讃岐(さぬき 今の香川県)の生まれである弘法大師が、諸国へ教えを説いて歩かれたことは名高く、いろいろな地方に伝説として残っています。

 ある時の秋、弘法大師は、柚木(ゆのき 山口市徳地)地区の巣垣(すがき)というところから山越えで八坂(やさか)に出られました。
 巣垣の方から険しい山道を歩かれた大師は、とある谷川にたどりつかれました。あたりは、紅葉した木々がせせらぎの冷たい流れに影を落とし、木陰からもれる日の光が、優しくからだを包んでくれました。
 この美しさにほっとして腰を下ろした大師は、ふと、足元の流れの中に、赤い色をしたとても滑らかな石を見つけられました。
「おお、なんとも良い滑らかさじゃ。これからは、このあたりを滑(なめら)と呼ぶとよかろう。」と言われました。

 大師は腰を上げ、足を進められました。
 しばらく行くと、入り口も出口もわかりにくいようなところに行きつきました。
「ここは身を隠すのに都合のよいところじゃ。出口も入り口もないないようなところだから、ここを口無(くちなし)と呼ぼう。」と言われました。

 また歩いて行かれました
 すると、秋の午後の陽射しを受けて、柿の実が三つ、美しい色に照り映えていました。
「ああ、見事じゃ。きれいな柿じゃ。それも三つなっている。ここは三成(みつなりじゃ。」
 と名づけられました。

 大師は疲れた足をさらに進められましたが、つるべ落としといわれる秋の日は短く、山は特に早く日が落ちて足元もおぼつかなくありました。

 すっかり日が落ちてしまった時、
「ここを日暮(ひぐれ)と呼ぼう。」と言われました。

 ほどなく、広い広い野原にさしかかりました。その時、
「これより広い山の上はあるまい。ここを山の上と呼ぼう。」と言われました。
 その広い野原を通り抜けてまもなく、山のかなたから、明るいお月様が登って来ました。
 ちょうど、満月の宵だったのでしょうか。そのお月様は、手を伸ばせば届きそうなほど大きなお月様でした。

「まことに見事。このように素晴らしい月が登る地は、ここをおいて他にはなかろう。ここを大月(おおつき)と名づけよう。」と言われました。
 こうして大師がつけられた地名は、今もそのまま残っています。


文:山口市徳地教育委員会発行「徳地の昔ばなし」より引用
関連記事

Posted on 2019/05/04 Sat. 10:03 [edit]

category: 山口むかし話

TB: --    CM: 0

04

下関観光検定018 

【質問】

お笑いコンビ「ロンドンブーツ1号2号」のメンバーとして知られる、下関市出身のタレントは誰でしょうか。

【答え】

田村淳

【解説】

下関市彦島出身。
下関中央工業高校卒業。
テレビ番組の司会等で活躍しています。


関門海峡歴史文化検定問題集より 下関商工会議所発行
関連記事

Posted on 2019/05/04 Sat. 09:54 [edit]

category: 下関観光検定

TB: --    CM: 0

04

金の鶴 

金の鶴


 田の首の泥田には、毎年、冬になると鶴がやって来た。
 ある年、その中に一羽だけ、金色に輝く鶴が居た。村びとたちは驚いてワイワイ集まって来たが、よく見ると羽が折れていて、歩くのがやっとらしい。
『これは可哀そうだ。掴まえて手当てをしてやろう』 
 と、近寄ろうとすると、鶴たちは金の鶴を囲み、羽をバタバタ広げて寄せ付けない。
 こんなことが毎日つづいたので、鶴たちはエサを捕りに行くことも出来ず、一羽、二羽と飢え死んでいった。
 村びとたちは、ようやくそれに気がついて、しばらくは鶴に近寄らないことにした。
 鶴たちは安心して、またもとのように四方へ飛び立ってはエサを捕り、金の鶴のところへ運びはじめた。
 しかし、正月が来て、寒もさめたというのに、金の鶴の羽は折れたままで、見るも痛々しい。
『何とかしてやりたいものだ』
 と、村びとたちは集まってラチのあかない話ばかりし合っていた。
 ある夜のこと、鶴たちが寝静まったころ、一人の老人が、そっと忍び寄って、金の鶴を掴まえた。村びとたちは大喜びで手分けをして、ドジョウを捕ってきたり、羽の手当てをしたりして、毎日、田畠に出かけるのも忘れた。
 その甲斐あって、春が近づいたある日、金の鶴は飛び立つことが出来るまでになった。そして鶴たちは、金の鶴をかばうようにして田の首を飛び立った。
 大勢の鶴が名残りを惜しんで、田の首の空をグルーッと一回りした時であった。沖を通る船から弓矢が放たれて、金の鶴の首を射ち抜いた。金の鶴は、まっさかさまに落ちて岩礁に消えた。
 あくる年から、心待ちにする人びとの前に、とうとう鶴は姿を見せなくなった。


富田義弘著「平家最後の砦 ひこしま昔ばなし」より


-- 続きを読む --
関連記事

Posted on 2019/05/04 Sat. 09:28 [edit]

category: ひこしま昔ばなし

TB: --    CM: 0

04