03 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.» 05

彦島のけしき

山口県下関市彦島から、風景・歴史・ものがたりなど…

白サルの湯 

白サルの湯 ~長門市~


 俵山温泉(たわらやまおんせん:長門市)は、薬師如来の化身であるサルによって発見されたといわれている。

 そのころ、全国でほうそう(天然痘)がはやったが、この温泉のおかげでたくさんの人びとがすくわれたという。これは、その温泉にまつわる話である。

 俵山に、弘法大師(こうぼうだいし)が開いた能満寺(のうまんじ)という寺がある。この寺の近くに、ひとりの漁師が住んでいた。たいそう働きもので、毎日、朝はやくから夕方おそくまで鳥やけものをとってくらしをたてていた。
 きょうも、漁師は、朝早くから身じたくをととのえて、
「うんと、えものをとれるといいなあ。」
 と、ひとりごとをいいながら、らように出かけた。
 ところが、きょうにかぎって、ウサギ一匹とることができなかった。日は西にかたむきかけている。きょうはもうだめだと、あきらめかけて帰りかけたとき、目の前の木立に動くものがあった。
 サルだ。しかも、白サルだ!
 漁師は、胸をわくわくさせて、弓に矢をつがえた。
 弓を大きくひ引きしぼるとひょうと放った。
 たしかに手ごたえはあった。が、おかしいことに、急所をはずしたとみえて、白サルは山おくにににげさってしまった。

 家に帰った漁師は、白サルのことが気になってしかたがなかった。サルを射そんじて、しかえしをされた話をたくさん聞いていたからである。
 しかも、きょうのサルは、ふつうのサルとちがう。いかにも神通力があるような白サルである。けがをしているにちがいないから、いまのうちに殺さないと、自分が殺されるかもしれない。そう思うと、夜も安心してねむることができなかった。

 つぎの日から、漁師はどうにかして白サルを見つけだそうと、毎日、毎日、山をさがし歩いた。それから十日ばかりたったある日、ようやく山深い谷で白サルを見つけた。
「こんどこそしくじっちゃなんねえぞ。」
 漁師はやる気持ちをおさえて、ゆっくりと弓を引きしぼった。ぴたりとねらいをさだめ、いまにも矢を放とうとして、漁師は弓をおろした。
 白サルのみょうなしぐさが気になったのだ。漁師は弓をおろしたまま、白サルのしぐさを追った。どうやらしろサルは、きずついたところを谷の川の水であらっているらしい。白サルは、なんどもなんども、谷川の水をすくっては、きず口をていねいにあらっているようである。

 漁師は、また弓をとりあげた。
 この機会をのがしては、二度と白サルにめぐりあえないかもしれない。漁師は力いっぱい弓を引きしぼって、矢を放った。
 矢は、うなりをあげて飛んだ。
 矢は、あやまたずに白サルののどにつきたったかに見えた。
 が、矢はそのまま一直線に飛んで、いつの間にかたちこめはじめたきりの中にすいこまれていった。白サルののすがたもきりの中にかくれて、どこにも見えなかった。
 おどろいて目をこらすと、むらさき色の雲にのった薬師如来(やくしにょらい)が、ゆうゆうと山おくにさっていくのが見えた。漁師は、思わずそこにひざまずき、両手を合わせておがんだ。

 やがて、ふらふらと立ちあがった漁師は、白サルのいた谷川におりていった。谷川の水をすくってみると、お湯のようにあたたかい。いったいどこから流れてくるのだろうかとさがしてみると、すぐそばの、大きい岩のわれ目からこんこんとわき出ているのだった。
 漁師はその水を飲んでみた。すると、からだじゅうに力がみなぎった。
 それから漁師は、急いで山道をおりて、このことを能満寺のおしょうに話した。おしょうは、
「まことにふしぎな話じゃのう。きっと、薬師如来さまが白サルのすがたにお変わりになって、湯のわき口を教えにきてくださったにちがいない。」と、いった。

 その後、漁師は、生きものをころす仕事おつらく思うようになって、猟をぷっつりとやめた。
 そして、湯のわき出る谷川のあたりを切り開き、湯場をつくって入湯に来る人の世話をしてくらしたという。

 このようにして、俵山温泉はつくられたということである。
 薬師如来は、いまでも温泉の近くにまつられて、多くの人々の信心を集めている。


題名:山口の伝説 出版社:(株)日本標準
編集:山口県小学校教育研究会国語部

豊徳園ホームページより
関連記事

Posted on 2019/04/06 Sat. 10:11 [edit]

category: 山口むかし話

TB: --    CM: 0

06

赤田代のキツネ 

赤田代のキツネ


内日の赤田代に、気位の高い一人のおじいさんが住んでいました。
おじいさんの身分は士族でしたので、そのあたりの人は、おじいさんのことを
「だあさん、だあさん」と、呼んでいました。

ある日、だあさんが山に行って炭窯の中で木立をしていると、窯の口から自分をのぞいていたものがいます。
よく見ると、それはキツネでした。だあさんは下種のものから覗き見されたことに、ひどく腹を立て、立木を手にしてはだしのままキツネを追いかけました。
どんどんキツネを追いかけて、ひと山越えた一ノ瀬でキツネに追いつき、キツネを叩き殺しました。

だあさんは、殺したキツネを自分で食べるのはいやなので、長府の毛利の殿様のおかかえ猟師で鉄砲の名人で、近所のばんえむさんのところに持って行き、
「食べてくれ」と言って、キツネをばんえむさんにあげました。

ばんえむさんは、もらったキツネを明日にでも料理しようと、長屋の背戸の柿の木にぶら下げておきました。
そこに近所のおばあさんがやって来ました。ばあさんは吊るされたキツネを見て、哀れに思い、
「なんでもいけんことしたなあ」と、キツネの頭を手でさすってやりました。

ところが、その夜、おばあさんが行灯の油を、ぴたぴた、ぴたぴたと舐めはじめました。
そのおばあさんの姿が障子に影絵のように写し出されたので、近所の人たちはびっくりしました。

そこで太夫さんの役をもっている、幸吉じいさんがお祈りをして、おばあさんに乗り移っているキツネに、
「お前をお祀りしてやるから、このおばあさんから逃げておくれ」
といったところ、おばあさんはすっかりよくなりました。

そのキツネの霊を祀った石が、今でも紺谷の山に残っています。


(注)
この話が変っているのは、キツネを殺したじいさんに付かなくて、哀れみをかけたおばあさんにキツネが付いたことです。
悪い人は力が強いのでキツネも付くことかできず、かえってやさしく弱いおばあさんにすがって付いたのでしよう。
なお、この話は、中西輝磨さんが内日の今田吉人さんから聞いたものです。
関連記事

Posted on 2019/04/06 Sat. 10:09 [edit]

category: 下関の民話

TB: --    CM: 0

06

小瀬戸の海ぼうず 

小瀬戸の海ぼうず


 関門海峡は、むかし二つに分かれておって、それぞれ、大瀬戸、小瀬戸と呼ばれたものじゃ。

 そのころ、小瀬戸の潮のながれは日本一はやかった。だが、どんなに早ようても、一日に何回かは、かならず流れが止まる。そのときを見はかろうて、漁師たちは舟をだした。


 ある、霧のふかい朝のこと。
 小瀬戸に近い浜辺の漁師が舟をだそうとすると、波うちぎわに大入道がすわっておった。
『うわあっ』
 漁師はびっくりして、ころげるように逃げかえった。そして、家の戸をぴたっと閉めて、しばらくがたがたとふるえておったが、おちついて考えてみると、大入道のようすが、どっかおかしかったことに気がついた。なんだか、もがき苦しんでおったようにも思える。
『もしも病気なら、よもや食いつきはすまい』

 漁師は、ひとりごとを言いながら浜辺にとってかえし、こわごわと大入道をのぞきこんだ。
『いったい、どうしたんじゃ。どこか、気分でもわるいんか』
『うん。頭のうしろに、なにやら刺さっちょるらしい。ゆんべから、痛うてやれん。すまんが、抜いてくれんか』
 大入道の声は、思うたよりも、ずっとずっとやさしかった。
『おまえさんがあんまり大きゅうて、わしにはなんも見えんが、背中にのぼってもええかいの』
『うん、ええけ』

 漁師が、おそるおそる大入道の背中によじのぼってみると、もり(さかなをつきさす鉄製の道具)が、頭に突き刺さっておった。
『これじゃあ、痛いはずじゃ。誰ぞの流したもりが、刺さったんじゃろう』
 力を込めて引き抜いてやると、大入道は、
『うーん』
とひと声うなって、気絶してしもうた。漁師は大急ぎで家にかえり、いろんな薬をもってきて、頭の手あてをしてやったんじゃと。

 しばらくたって大入道は、ようやく気がついた。そして、うれしそうに顔をあげて、ゆっくりと、こう言うた。
『わしは、この小瀬戸に住む海ぼうずで、むかしから、潮の流れを止める役目をつとめちょるが、傷がなおるまでは、それもできんじゃろう。ほいやけ、きょうから四、五日のあいだは、だれも舟を出さんよう、浜の衆に伝えてくれ』
 言いおわると大入道は、すうっと海に消えてしもうた。

 漁師は家にかえって、村の衆にそのことを伝えたが、誰も信じるものはなかった。それどころか、
『なにを寝ぼけたことを言いよる。潮は、むかしから、決まった時間にとまることになっちょるわい。それ、もうすぐ、その潮どきじゃ』
 と言うて、次々に舟をだして、漁にでかけたそうな。

 ところが、いつもの時間になっても、きょうに限って潮の流れは、いっこうに止まらん。どの舟も、どの舟も、日本一はやい小瀬戸の潮の流れに巻きこまれて、またたくまに海に沈んでしもうた。
 四、五日たつと、大入道の傷がなおったとみえて、いつものように、潮が止まりはじめた。だが浜の人たちは、
『舟が沈んだのは海ぼうずのせいじゃ。こんなおそろしいとこには居れん』
 と言うて、よその土地へ逃げていった。

 たったひとり残された漁師は、ときどき浜辺に遊びにくる大入道を話し相手にして、いつまでも、楽しく暮らしたという。


富田義弘著「平家最後の砦 ひこしま昔ばなし」より

-- 続きを読む --
関連記事

Posted on 2019/04/06 Sat. 09:47 [edit]

category: ひこしま昔ばなし

TB: --    CM: 0

06