03 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.» 05

彦島のけしき

山口県下関市彦島から、風景・歴史・ものがたりなど…

たたかん太鼓の鳴る太鼓 

たたかん太鼓の鳴る太鼓


むかし、むかし、あるところに、たいへんわがままな大尽(だいじん)がおり、いつも召使いたちに無理難題をいいつけては困らせて面白がっておりました。

ある日、大尽はまた召使いたちを集めて
「たたかん太鼓の鳴る太鼓、うそうそべいのしかめ顔、というものを、さがしてこい」と、いいつけました。

〔注〕ノ大尽 昔でいう「大金持ち」の総称。

召使いたちは、それぞれ探しに出かけましたが、なかなか思いつきません。

すると、召使いの一人は、子守が泣く子に、くるりくるりとまわしては、鳴らしてみせている、でんでん太鼓をみつけました。
それは、太鼓の両わきにくくりつけてある、糸を通した豆が、まわすたびに鳴るものです。

「なるほど、これじゃ、これじゃ」と、これをもらってかえり
「たたかん太鼓の鳴る太鼓でござります」と、大尽にさしだしました。

すると、それをみた大尽は
「これがどうして、たたかん太鼓の鳴る太鼓じゃ。豆が太鼓をたたいとるじゃないか」と、その召使いの頭をポンとたたきました。
「なるほど」と、その召使いは、たたかれた頭の痛さにしかめ顔をして、引き下がりました。

すると、もう一人の召使いが、いいものをみつけました。
子供たちが竹筒の両側に紙をはって、その中にあぶを入れて遊んでいるのを見たのです。
「こりゃあ、たたかんのに鳴っとるわい」と、召使いは、もっと大きなものを作ることにしました。

そこで召使いは、桶の底をくりぬいて、その中にくまん蜂をそのまま入れ、両側を紙ではったものを作り上げました。

そしてこれを大尽に
「へい、これが、たたかん太鼓の鳴る太鼓でござります」と、さしだしました。
すると、太鼓の中では巣から出たくまん蜂がワンワンいうので、
「これはええ、これはええ」と、大尽は感心し、面白がって、あっちこっちへ転がしました。

大尽は、太鼓を転がしながら
「ところで、うそうそべいのしかめ顔はどうしたのじゃ」と、いいました。

すると、どうしたはずみか、太鼓の紙が破れ、中にいたくまん蜂が、みんな飛び出てしまい、大尽に群がって、顔をさしてしまいました。

大尽はくまん蜂をふりはらいながら
「うそじゃ、うそじゃ」と、しかめ顔で逃げ回りました。

これをみた召使いはすかさず
「へい、それが、うそうそべいのしかめ顔でござります」と、いったそうです。

(吉敷郡)


山口銀行編纂 山口むかし話より転載
関連記事

Posted on 2019/04/03 Wed. 10:49 [edit]

category: 山口むかし話

TB: --    CM: 0

03

平家がに 

平家がに


源平合戦にまつわる伝説はたくさんあります。
これもその一つ。

壇の浦の漁師たちは、魚を釣るとき、かならず船板に正座して釣糸をたれます。
いつのころから、誰がはじめたのかわかりません。漁師たちは、正座しているほうが、釣りの勘がよくはたらくといいます。
また、こうしていれば、なんとなく心も落ち着くといいます。

もう一つは、平家の落人がこの壇の浦に住み着いて漁師をはじめましたが、以前宮中に住んでいたころの作法が身について、正座するようになったともいいます。

この海峡では、平家がにがとれます。中型のカニで、甲の長さ3センチ、脚をのばすと約15センチぐらいになります。
そして背の甲に、人の面ににた隆起があります。が、これが平家の武士たちのうらみの形相そっくりなので、平家がにといっています。

また海に消えていった官女の生まれ変わった姿といわれる10センチぐらいの美しいタイのことを小平家(こべけ)といって、毎年七、八月ごろになると、金色のうろこに白い斑点のあるこのタイが海峡にあらわれます。


『下関の民話』下関教育委員会編
関連記事

Posted on 2019/04/03 Wed. 10:39 [edit]

category: 下関の民話

TB: --    CM: 0

03

おんなめろ 

おんなめろ


 時は幕末、馬関戦争のころの話じゃ。

 夷狄襲来にそなえ、彦島にもあちこちに台場が築かれた。石ケ原、山床鼻、西山、竹ノ子島などがその要塞の地になったが、一番大きゅうて最も活躍したのが弟子待砲台じゃった。
 その砲台築造の人夫たちの中に、四十歳前後と思われる女丈夫が居った。
 びっくりするほどの大力の女で、人夫仲間で喧嘩が始まりゃあ、必ず割り込んで、騒ぎを大きゅうしたり、腰巻一枚で沖ノ洲まで泳いだりして、その奇行ぶりから『流れの女だてら』とか、『おんなめろ』と呼ばれたもんじゃ。

 こんな話がある。

 ある日、惣十ちゅう者の藻刈り舟が、鎌崎の沖を漕いじょると、おんなめろが、岸から
『オーイ、その舟待てえ。ワシャあ、舟島に行かんにゃあいけんけぇ、ちょっと乗してくれんかぁ』
 惣十は、あんなワヤク(無法)な女に掴まっては大変じゃあ、と思うて、
『わしゃあ、若松まで行くけぇ、島に寄りよったらおそうなる。ほかの舟に頼みなんせえ』
 と断った。
 そしたら、おんなめろは、パッと着物を脱いで腰巻一つになり、海に飛び込んだ。そいで、藻刈り舟を追いはじめた。
 青うなった惣十は、そいでも一生懸命に櫓を漕いで逃げた。ようよう弟子待の沖まで舟を走らせた時、遠くから、
『オーイ』
 という女の声が聞こえてきた。
 振り返ってみると、舟島に泳ぎ着いたおんなめろは、だらりとさがった乳房をぶらんぶらんゆすりながら、
『わりゃあ、おぼいちょれよーっ』
 と、怒鳴りちらしちょったちゅうことじゃ。

 また、こんな話もある。

 弟子待の台場に、新しい大筒(大砲)が運ばれて来た日のことじゃ。
『今日だけは、女が居っては穢れるけえ、大筒据え付けまで、どこかに姿を隠しておけ』
 と申し渡されたところ、おんなめろは、不思議なことに、黙ったまま、どこかへ行ってしもうた。
 ところが、しばらくして戻って来た姿を見て、みんなたまげた。
『これなら、男じゃろうが』
 と、威張りくさって突っ立ったおんなめろは、褌一本の素っ裸で、胸一杯もありそうな乳房をぶらぶらゆさぶっておったのじゃ。そして、
『これみい、金玉もあるけぇ、わしゃあ、立派な男じゃ。この大筒より大けい(大きい)金玉を見い』と、六尺褌をまくって見せた。
 褌の中には、何やら丸いものが入れてあって、たくましゅうにふくれあがっちょったので、武士も人夫もゲラゲラ笑うて、おんなめろを仲間に入れた。

 じゃけど、その後、攘夷戦で四カ国に長州藩がもろくも敗れてしまうと、おんなめろは気違いのように泣きわめいた。
『大筒の据え付けに、ワシが加担したけぇ、長州さまが負けた』
 おんなめろは、日夜、そんなことを口走って泣き明かしちょったが、そのうち、どこへ行ったのか、再び台場にその姿は見られんようになってしもうたとい。


富田義弘著「平家最後の砦 ひこしま昔ばなし」より

関連記事

Posted on 2019/04/03 Wed. 10:16 [edit]

category: ひこしま昔ばなし

TB: --    CM: 0

03