02 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.» 04

彦島のけしき

山口県下関市彦島から、風景・歴史・ものがたりなど…

白い福ネズミ 

白い福ネズミ


 むかしむかし、ある村に、働き者のおじいさんが住んでいました。
 毎日毎日、一生懸命働いているのですが、暮らしはちっとも良くなりません。
 そんなある年の一月二日、おじいさんは不思議な初夢をみたのです。
 まぶしいお日さまの光の中から、杖をついたおじいさんが現れて、
「わしは神さまの使いじゃ。お前さんは実によく働いておる。だが、このままでは駄目じゃ。というのも、お前は食べ残しの野菜の切れはしなどを、台所の流しへ捨てたままにしておる。それがつまって、実に汚い。ドブをきれいに掃除してみよ。さすれば、良い事がおこるであろう」
 神さまのお使いはそう言って、消えてしまいました。
 目を覚ましたおじいさんは、さっそく台所の流しやドブをきれいにしはじめました。
 すると、一匹のネズミが出てきました。
 よく太った、まっ黒なネズミです。
 ネズミは家の中に入り込むと、奥の部屋の神棚へと飛びあがりました。
 そして供えてあるお餅の裏に逃げこむと、しばらくしてお餅と同じようなまっ白い姿になって、顔を出しました。
 その日から畑へ行くと、白ネズミはあとからついてきて、小さな手で畑の土を掘り返したりして手伝ってくれます。
 おかげでおじいさんの仕事がはかどり、少しずつですが、お金もたまるようになって、暮らしも豊かになっていきました。
 さて、それをうらやましく見ていたのが、となりのおじいさんです。
 となりのおじいさんは白ネズミを借りてくると、お餅をまき散らしたとなりの部屋に入れました。
 そして夜になるとふとんに入り、ふすまのすきまから様子を見ていました。
 カリカリお餅をかじっていた白ネズミは、夜になるとたくさんの糞をしましたが、気のせいか、その糞が白くかがやいているように見えました。
「そうか。あのネズミは餅を食って、銀の糞をするんだ。これでおらも大金持ちじゃ」
 次の日の朝、目を覚ましてとなりの部屋をのぞくと、足の踏み場もないほど、たくさんの白ネズミがはいずりまわっていました。
「おう、たくさんの仲間をつれてきたな。ありがとうよ。もっともっと、銀の糞をしてくれよ」
 欲深じいさんはニコニコしながら、一匹の白ネズミの頭をなでました。
 するとネズミは「チュー」と鳴いて、たちまち、まっ黒なドブネズミになってしまったのです。
「ややっ、これはどうしたことじゃ!」
 ほかのネズミを捕まえると、みんな同じように「チュー」と鳴いて、ドブネズミに変わってしまいました。
 そして光っていた銀の糞も、まっ黒な本物の糞になって、欲深じいさんの家の中は糞だらけになってしまったと言う事です。


山口県の民話 福娘童話集より
http://hukumusume.com/douwa/index.html
関連記事

Posted on 2019/03/31 Sun. 12:09 [edit]

category: 山口むかし話

TB: --    CM: 0

31

あかずの扉 

あかずの扉


明治になるちょっと前のこと、天然痘が大流行した年がありました。

長府逢坂の坂口、むかって右手の角屋敷に松田という三百石取りの侍が住んでいましたが、松田の家でも、たった一人の男の子と、その家の中間の子どもとが同時に天然痘にかかりました。
松田家の子どもは、手厚い看護の効き目も無く“痛いよ…痛いよ…”と苦しみながら死んでしまいました。
それにくらべて中間の子どもの方は幸いなことに全快しました。

松田の両親の悲しみは大変なものでした。
「ご主人様の坊様とかわっていればいいのに」
と、主人おもいの中間夫婦は心からそう思っていたし、口にも出して主人をなぐさめました。
そのうち初七日も過ぎましたが、しかし松田の耳には、痛いよ痛いよと苦しんで死んでいった我が子の声が残ってどうすることもできませんでした。

「おお、せがれか、苦しいだろうががまんせい」
真夜中に布団を跳ね返して、こう口走ることもありました。
松田は日に日に痩せ衰え、ほほ骨はとがり、目だけが異様にギラギラと光をおびてきました。

それから数日たったある日のこと、主人の松田が縁側へ出てぼんやりと冬の淡い日差しをあびているとき、全快した中間の子どもがくぐり戸から庭へ入ってきました。
松田には一瞬我が子が入ってきたのかと思いましたが、その子が中間の子とわかってよけいにカッとなり、
「お前がわしの子を殺したのじゃ」
と、庭へ飛び降り、子どもの襟首をつかんで、ずるずると井戸端近く引きずっていきました。
「苦しいよ、はなしてよ」
と、子どもは悲鳴をあげて泣き叫びました。
この声をききつけて、あわててかけつけた中間夫婦は、
「ご主人様、せがれが何かそそうをしましたか、それならどうぞお許しください」
と、主人にとりすがって必死に頼みました。

けれど、その時すでに気が狂っていた主人は、
「うぬ、このガキがわしの子どもに病気をうつしたのじゃ、せがれのかたきだ」
こうののしったかと思うと、やにわに刀を抜いて、子どもを斬り捨てました。
子どもの首は、ころころと転がってくぐり戸前まで飛びました。そしてピューっと血を吹きだしたかと思うと見るまにくぐり戸を真っ赤に染めてしまいました。
それきり、主人の松田は気が変になってとうとう死んでしまいました。

その後、血のついたくぐり戸は、開いても開いてもすぐ閉まるようになり、誰いうとなく「あかずの扉」と呼ぶようになりました。


『下関の民話』下関教育委員会編
関連記事

Posted on 2019/03/31 Sun. 11:59 [edit]

category: 下関の民話

TB: --    CM: 0

31