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彦島のけしき

山口県下関市彦島から、風景・歴史・ものがたりなど…

彦島の年表11 

彦島の年表11

明治二十二年 1889年

市町村制施行、彦島村となる。


明治二十七年 1894年

彦島村が委託で海士郷・伊崎間の渡船を開始する。

江の浦に検疫所を設置。


明治三十一年 1898年

江の浦海岸の埋め立て完成。


明治三十二年 1899年

彦島全島を要塞地帯に編入。

六連島に検疫所を設置。


明治三十五年 1902年

島内の五部落と六連島に漁業組合設立。


明治三十七年 1904年

福浦に家畜検疫所を設置。


明治三十八年 1905年

大日本人造肥料、福浦に工場建設。


古老が語る郷土の今昔「ひこしま発展誌」より
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Posted on 2019/03/22 Fri. 11:32 [edit]

category: 彦島の年表

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若侍に恋をした白狐 

若侍に恋をした白狐


江戸時代の終わりごろの話です。

長府に武術にすぐれたなかなかの美男の若侍がいました。この若侍はたまたま稲荷町に立ち寄ったさい遊女と親しくなり、それからというものひまをみつけては長府から野久留米街道を通り稲荷町へ通うようになりました。
その日も夜更けて稲荷町をでて、だんのうらの立石神社を通り過ぎるころから、だれかが、後を付けて来るような気配がします。立ち止まって後を振り向いて見ると、何か白いものが、ボーっと立っています。剣術のすぐれている若侍ですが、やはりぶきみで、小走りに歩むと、その白いものもやはり、間隔をおいてついてきます。

こうしたことが毎回続くので、ある月明かりの夜、よし今夜こそ正体をみやぶってやろうと、若侍はひそかに計画をねりました。

またいつもの通り、立石稲荷神社をすぎたころから、白いものがついてきます。前田、野久留米を通り、長府の町へ入る少し手前で若侍は、急に腹が痛くなったふりをして地面にうずくまりました。
そうしてようすをうかがっていると、例の白いボーとしたものも、いっしゅん立ち止まって、それからしだいに倒れている若侍の方へ近づいてきます。
若侍がよくみると、それは、白い着物を着て女性の姿をしていました。
「いつもつけてきたのは、この女性だったのか、それにしても、こんな時間… そうか、さては、狐か狸のしわざだな…」
と、若侍は、それならば一刀のもとにきりすててやろうと、呼吸をととのえ、刀の柄を手にあてて近づくのを待ちました。

白い着物をきた女性は、そんなこととは知らずに近づいてきます。若侍はここぞとばかりに、地面にひざをつけたままの姿から、刀を抜き、切り伏せました。
「キャウン」
という悲鳴がおこり、その女性は、空中に飛び上がりました。若侍が起き上がってみましたが、もうその姿はどこにも見当たりません。しかし、その晩の月明かりで、真黒い血が点々として流れているのを見つけました。

若侍がその血の流れを追っていくと、血は野久留米から前田、だんのうらと街道に沿って流れていましたが、みもすそ川を渡って立石稲荷の前までくると急に右に曲がって鳥居の下、石段をくぐり神殿奥深く消えていました。

若侍は、そこまで来ると急に寒気がして、そのまま家に帰り、床につきましたが、寒気はなおらず十日くらい寝付きました。
しかし、体はもとに回復しても、あの白い着物を着た女性を切ったことがいつまでも目の前にちらつき、次第に元気を失い、とうとう若くして死んでしまいました。

恐らく狐のたたりだったのでしょう。
それにしても、あの切られた狐は、きっと若侍に恋をして若侍がだんのうらを通るたびにつきまとったのでしょう。


(注)
狐が人に恋をしたり、神様のおつげをしたり、あるいは人をだましたりするお話は、各地にたくさん残っています。
この「下関の伝説」の中にある、「立石稲荷の大石」の話や、「赤田代のキツネ」「キツネのくれた刀」なども、そうした狐のお話です。
内日地区などでは、今でも狐がよく人家の近くまで出てくるそうです。


『下関の民話』下関教育委員会編
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Posted on 2019/03/22 Fri. 11:13 [edit]

category: 下関の民話

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俎の瀬 

俎の瀬


 田ノ首の浜に『生板の瀬』と書いて『マナイタの瀬』と読む珍しい地名がある。

 むかし、マナイタの瀬は、海賊どもの処刑場であった。
 捕らえられて来た船頭や、村びとたちのうち、海賊どもに逆らうものは、皆ここで首を打ち落とされて、近くの大池に捨てられた。

 ある日も、若い船頭がとらえられたが、釣った魚を奪い返そうとしたため、この瀬に引き据えられた。
 いざ首を斬られようとした時、若い船頭はポロポロ涙を流して、
『わしゃあ、命は少しも惜しゅうはない。殺されることは、もう、とうに覚悟しちょりますが、ただ一つだけ、その前に一目でもええから母親に会わしちゃあくれんものじゃろうか』
 と、海賊頭を伏し拝んだ。
『お前の母親というのは、いま何歳になるのか』
『もう八十歳になります。永いこと中風で寝たきりで、わしゃあ漁が忙しゅうて、日頃は母親は面倒を見るものもおりません。今、このまま殺されてしまえば、母親は空腹に苦しみながら狂い死ぬことじゃろう思います。もし、お慈悲で、一目だけでも会わして貰えりゃあ、苦しみを与えずに、ひと思いに殺して参ろうと思います。それが、 せめてもの親孝行ちゅうもんでしょう。どうか、ちょっとでええですけえ、家まで帰らしちゃ貰えんじゃろうか』
 若い船頭は、涙ながらに一心に頼んだ。すると海賊頭はハラハラと涙を流して、ゆっくり縄をほどき、蝿の声よりももっと細い声で言った。
『早く帰れ。そして、もうここには、二度とそのツラを見せるな』

 船頭は、とっさに口をついた出まかせで命を助けられ、大喜びで村に帰り、このことを村中に自慢して歩いた。
 それを聞いた一人の若者が、
『海賊に頭をさげたたぁ、何とだらしがない。俺が行って退治してやろう。ついでに、金銀財宝も分捕ってやる。よう見ちょれ』
 と、田ノ首の浜へ出かけて行った。しかし、またたくまに掴まってしまい。抵抗したかどでマナイタの瀬に引き据えられた。
 その時、若者は、逃げ帰った船頭の出まかせを思い出した。
『私には、八十歳になる中風の母親がいます。これを残しては、死んでも死にきれません。何とか一目会って親孝行してから死にたいと思います』
 すると、海賊頭も子分たちもゲラゲラ笑いだした。そして、一人の男が背後にまわり、
『俎上の鯉はブツブツ言わぬものじゃ』
 と言って、刀を振りおろした。


富田義弘著「平家最後の砦 ひこしま昔ばなし」より


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Posted on 2019/03/22 Fri. 10:41 [edit]

category: ひこしま昔ばなし

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