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彦島のけしき

山口県下関市彦島から、風景・歴史・ものがたりなど…

彦島の年表4 

彦島の年表4

弘安9年 1286年

第四代河野通久を総領と定め、分家権之進、久之進、幸之進、通之進の四家をもって永代、東西南北の核組に分かち、その畔頭と定める。


正和二年 1313年

彦島八幡宮を宮の原に建立、光格殿より御神体を移す。
彦島八幡宮サイ上がり神事の始まり。


元中八年 1391年

田の首八幡宮創建される。


天文十二年 1543年

河野光右衛門庄屋を仰せつけられる。


天文十七年 1548年

海賊が来襲し、島民伊崎などに移転するもの多し。


天文二十一年 1552年

大内義長、劍二腰を彦島八幡宮に寄進。


古老が語る郷土の今昔「ひこしま発展誌」より 
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Posted on 2019/03/15 Fri. 10:07 [edit]

category: 彦島の年表

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キツネのくれた刀 

キツネのくれた刀


むかし、内日の東高地に渡辺という家がありました。
貧しい家でしたが、その家の「やそう」という人は大変に情け深い人でした。

ある年の十二月の暮れに、近くの町で開かれる市へ買い物に行くために峠にさしかかったとき、子ども達が一匹のキツネの子を捕らえて、引き回しているのに出会いました。
情け深いやそうは、
「かわいそうだから、放してやってくれ」と言いましたが、子ども達が聞いてくれないので、
「それではお金で買うから売ってくれないか」と頼むと、子ども達は望みの金額を言いました。
貧しいやそうは、少ししかお金を持っていませんでしたから、キツネの子を買えば、町で買い物をするお金がなくなってしまいますが、それでもやそうは子キツネを買い取って逃がしてやりました。

それから何日かすぎた夜のことです。寝ているそばで、
「子どもを助けていただいてありがとうございました。お礼に刀を置いて帰りますので大切にしてください」
と、いう声がしたように思えて、目がさめましたが、キツネの子のことかなと思いながらも気にもとめずに朝を迎えました。
やそうは朝になって縁側に出て驚きました。
そこには一振りの立派な刀が置いてあったのです。

このことがあってから、たちまち渡辺家は金持ちになり、近くの小川を渡るのに、千両箱を飛び石のかわりに使ってもよいといったほどに栄えました。

ところが、それから何代かえとに、心がけの悪い息子がいて、この刀を持ち歩いて人々に見せびらかし、ある時遊びに行った先で刀を盗まれてしまいました。
それからというもの、渡辺家は次第に貧しくなり、家も絶えてしまったということです。


(注)
この話は、山田春男さんが、内日の岩本正日さんから聞いたものです。


『下関の民話』下関教育委員会編
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Posted on 2019/03/15 Fri. 09:50 [edit]

category: 下関の民話

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辰岩 

辰岩(たついわ)


 本村小学校の裏山に小さな森があります。その中に伝説の『辰岩』があるということはあまり知られていません。

 ずいぶんむかしの話です。

 この森に平家の落人がかくれ住んでいました。彼は、いつかはきっと昔のような平家全盛の時代がやってくると信じ、住まいの近くに麻を植えたりして細々と暮らしていました。
 しかし、そんな日は再びやってくる筈もなく、いつのまにか年老いてしまい、辰の年の三月二十四日、落人は森の中で腹かききって死んでしまいました。
 それからというもの、毎月二十四日になると、その森から大きな龍が出ては海峡をにらみつけ、大声に吠えたてましたので、島びとたちはその日が来るのをとても恐れていました。

 ある年の春、偉いお坊さんが、その話を聞いて、彦島を訪ねて来ました。そして、たった一人で森に入って行き、三日三晩お経をあげましたところ、その翌月から龍は出なくなりました。
 島びとたちは安心するとともに、『あの龍は、落人の怨霊であったのか』と、みんなで供養塔を建てようと話し合って、久し振りに森に入ってみました。
 すると、落人の住まいのあった場所に、どこから運んだのか、大きな自然石が建てられていました。それは、人間の力ではどうしても動かせないほどの大岩で、しかも、これを運ぶのを見た人は誰も居ません。
 島びとたちは不思議でなりませんでしたが、結局、これは落人の墓だろう、ということで、そこに花を供えて帰りました。

 そのうち、大岩のことを誰いうとなく『辰岩』と呼ぶようになりました。

 ある年のこと、
『辰岩の下には、平家の財宝が埋められていて、落人はそれを守っていたらしい』
 というまことしやかな噂が、ひそかに流れました。
 それを聞いたある欲の深い男が、秋の夜更けにそっと森に入って辰岩の下を掘りはじめました。ところが不思議なことに、鍬を振り下ろしたとたん、男は発狂してしまいました。
 その後、伊崎からも財宝の噂を聞いてやってきた男が居ましたが、やはり同じように気が狂って、
『龍がにらんだ、龍がにらんだ』と、つぶやくようになりました。
 そんなことが何度もあって、島びとたちは落人の命日に花を供える以外、誰もその森に近づかなくなりました。

 何年かたちました。

 ある日のこと、小倉の与八という商人がやって来て、森の前に島びとを集めました。そして与八は、こう言いました。
『わしゃあ、辰岩の宝物が本当か嘘かを確かめるために、わざわざ小倉からやって来たんや。今までは、どいつもこいつも、夜の夜中に内緒でそろっと掘ったけぇ気が狂うたんやと、わしは思う。そいで、わしゃあ、みんなの見ちょる前で堂々と掘るけぇ、立ち会うてくれいや』
 島びとたちは、恐る恐る与八のあとにつづいて森に入って行きました。

 与八は、多くの人びとの見守る中で、辰岩の根に、ガシッと、鍬を打ちおろしました。
 そのとたん、与八は、
『アーッ』
 と悲鳴をあげました。そして驚いたことに与八は両手を高くあげ、頭をふりふり辰岩のまわりを走りはじめました。島びとたちはどうすることも出来ず、ただ、あれよ、あれよ、と眺めているばかりでした。
 そのうち、持ち上げていた鍬が頭に落ちて、与八は死んでしまいました。

 島びとたちは、辰岩のそばに小さな墓を建て、与八の霊を慰めると共に、それ以来というもの、辰岩に近づくことも、また、その話をすることさえも避けるようになったということです。


富田義弘著「平家最後の砦 ひこしま昔ばなし」より


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Posted on 2019/03/15 Fri. 09:32 [edit]

category: ひこしま昔ばなし

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