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彦島のけしき

山口県下関市彦島から、風景・歴史・ものがたりなど…

漁業者の団体組織と漁業発達の影響2 

漁業者の団体組織と漁業発達の影響2


現在のちょうど大和町の位置が沖の洲にあたり、往時の小瀬戸の入り口で潮流の激しいところでありました。
海底には砂や泥が堆積して浅瀬となり多くの海藻が繁茂しておったのであります。
干潮時の際はこの一帯が、一面に毛布を敷き並べたような海面から姿を表しておりました。

したがって、各種の魚の産卵・孵化に御誂え向きの良い漁場であったのであります。
産卵期になりますと、内海方面からも外海方面からも、この浅瀬を目指して集まる魚の種類もおびただしいものでありました。
したがってこの付近の漁師にとりましては、唯一の軒先漁業として繁盛してきたのであります。

この場所に最も長期間滞留するのが「ボラ」でありました。
このボラの最盛期に入りますと、海士郷・伊崎・竹崎・壇之浦の漁業者はもちろん、遠く北九州の各地や山口県の秋穂などから、交代制で「マカセ」というボラを専門に獲る網船を繰り出して盛んに捕獲したのであります。


古老が語る郷土の今昔「ひこしま発展誌」より
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Posted on 2019/03/08 Fri. 10:03 [edit]

category: ひこしま発展誌

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引接寺口説 

引接寺口説


このお話は、ある人は享保年間の出来事だといい、またある人はずっと古く慶長年間のことだともいっていますが、とにかく江戸時代のはじめから中期にかけての出来事でしょう。

毎年、引接寺では四月八日にお釈迦祭りが賑やかに行われますが、この日はたくさんの人がおまいりします。

赤間町の萬小間物商京屋の一人娘おすみも、女中と一緒におまいりしました。
お祭もしだいに進んでいきましたが、お経を唱えている僧の中で、一段と美しく、また気品の高い人がおすみの目にとまりました。

その僧を一目見るなり、今年十七歳になるおすみは、ボーと顔を赤らめ、女中を置き去りにして家へ帰ると、自分の部屋にとじこもり、お昼も夕方の食事も食べようとはしません。

母親がいくらたずねても、返事をしないので、心配のあまり女中に娘のようすをうかがわせにやりました。
女中がおすみの部屋に入ってみると、おすみは机に両肘をついてボンヤリと考えているふうでした。
「お嬢さま、お嬢さま…」
二度ばかり声をかけてみましたが、おすみの耳には聞こえません。
三度目に女中は、おすみの耳元で大きな声を出して呼びますと、ようやく目がさめたように、おすみは女中のいることに気がつきました。

恥ずかしがるおすみから、女中がようやく聞きだしたところによると、どうやら引接寺の僧、浄然に恋をしたことがわかりました。
女中は、おすみの切ない恋心に同情し、母親には、少し熱があるからと言って黙っていてくれました。
それから、おすみは、筆をもって巻紙に、浄然を慕う気持ちを長々と書き、あくる朝、女中に頼んで浄然に渡してもらいました。

しかし浄然は、
「私は仏につかえるものです。このような手紙は受け取れません」
と、おすみにつき返してきました。

そうされるとよけいに浄然に会いたくなり、その夜、男物の衣装をつけ、刀を腰に、編み笠を深くかぶって引接寺へでかけました。
門が閉まっていたので、塀を乗り越え墓道を通って、浄然和尚の寝所へ忍び込みました。
浄然は驚いて、起き上がりましたが、よく見ると、男の姿をしていますが、まさしく京屋の一人娘、おすみ…。
「いまごろ、そんな姿で何事です」
と浄然は少し言葉を強めて言いましたが、おすみは、じっと浄然をみて、
「浄然様、私はあなたに恋心をいだきました。あなたとて男でしょう。私のこの真剣な願いを聞き届けてください。浄然様と一緒になれないのなら、この場で死にます」
と、おすみは本当に短刀を抜き、自分ののどに切っ先をあてました。
浄然の言葉ひとつで、おすみの短刀はのどを突くつもりです。
こうなっては、もう浄然は、おすみの申し出を断ることはできません。
とうとう、おすみと一緒になることを約束してしまいました。

このままでいけば、二人は幸せに暮らすことができたでしょう。
しかし、以前からおすみに恋心を持っていた町奉行が、二人のことを憎んで
“おすみと浄然が寺の宝物を盗み出した”と無実の罪をきせて、田中町の牢屋に入れ、筋ヶ浜で処刑しました。

処刑される前、浄然は奉行を恨み、数珠を引きちぎって砂浜に投げつけました。
その無念の数珠が、色とりどりの石となって、今でも海岸に散らばっています。


『下関の民話』下関教育委員会編
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Posted on 2019/03/08 Fri. 09:38 [edit]

category: 下関の民話

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舟島怪談 貝のうらみ 

舟島怪談 貝のうらみ


 むかし、舟島に若者がたった一人で住んでいました。若者は、島のまわりで仰山とれる貝を売って、その日その日を暮らしていました。このあたりでは、浅利、蛤、馬刀貝はもちろんのこと、一尺四方もある帆立貝や、面白い形をしたコウボ貝にツウボ貝なども鍬を打ち込んだだけで、ざくざく採れました。

 ある夏の夕凪ぎのひどい夜でした。

 じっとり汗ばむ寝苦しさに悶々としていると、トントンと裏戸を叩く者が居ます。
『こんな夜更けに、一体誰だろう』
 眼をこすりながら出てみると、十七、八の美しい娘が立っていました。
『夜分おそく、すみません。でも、ちょっとお話があるんですけど、入れていただけませんでしょうか』
 娘はうつむいて言いました。若者は、その美しさに魅せられて、何を言われたのかも解らず、しばらくぽかーんとしていましたが、ふと我に返って奥に通しました。

『一体…… 今頃…… あなたは…… 来たんでしょ……いや、どこから来たんでしょうか』
 若者は、しどろもどろに訊ねました。しかし、娘は、畳に三つ指をついたまま、黙って答えません。何を話して良いか判らず、若者は戸惑って、おろおろするばかりでした。
 例年にない蒸し暑さのせいだけでなく、ひたいにも背中にも、じわーっと汗が吹き出してきます。二人は黙ったまま、しんしんと更けてゆく夜の音を感じていました。

 と、娘が、はずかしそうに顔をあげ、小さな声で、それでもはっきりとこう言いました。
『私を、あなたのお嫁にして下さい』
 仰天する、というのは、この時の若者の驚き振りを言うのでしょう。彼は、目の前の、夜目にも白く美しい娘の顔をぼんやり見つめながら、口をもぐもぐとさせるばかりでした。
 闇のむこうで、娘はにっこり笑いました。そして、頬を紅潮させながら、そっと寄りかかってきました。娘の甘い香りが二人をあたたかく包んで、若者は病人のように力なく手をのばして、その肩を抱きました。

 それからのことは覚えていません。何か恐ろしいような、嬉しいような、そんないぶかりの中に、天にも昇るような喜びがあったような気がします。
 そして、いつのまにか、若者は眠っていました。

 あくる朝、ふと眼をさますと、昨夜の娘はどこにも居ません。家の中も、いつもと変ったところはなく、
『ゆっぱり、あれは夢だったのか』
 と、がっかりしました。でも、まぶしい朝の光を仰ぐと、若者は急に元気を取り戻し、いつものように漁に出かけました。

 夜になりました。若者は早くやすんで、昨夜の夢のつづきを見ようと、寝床に入りました。寝苦しい夜で、汗ばむ体をもとあましながら、何度も寝返りを打ちました。それでも、昼間の疲れがどっと出てきて、いつのまにかウトウトしかけていました。
 何か音がしたような気がして、若者は眼をさましました。耳をすましていると、裏戸を小さくトントンと叩く者が居ます。心をはずませ外に出てみると、昨夜の娘が眼を伏せて立っていました。
『ああ、あなたは… 夢ではなかったんですね』
 若者は娘の手をとり、喜びを満面に溢れさせて、奥に引き入れました。

 そんなことが毎晩つづき、夜の明けないうちに、娘はどこへともなく帰って行きます。娘が一体、どこからやって来るのか、そしてその名前さえも若者は知らないままでした。
 それに気がついたのは、お盆が過ぎて秋風の立ち始めたころです。ある夜、若者は、いつものような甘い語らいのあとで、娘の素性を訊ねました。
 すると娘は、はじかれたように後ずさり、若者の顔をじっと見つめて、しばらくは黙ったままでした。やがて娘は、か細い声で言いました。
『私が、どこから来て、どこへ帰ってゆくのか、何も聞かないでください。それを話してしまえば、私はもう、ここへは来られなくなります。それが悲しくて…』
 そう言って娘は泣きくずれました。何度もしゃくりふげるその肩をやさしく撫でながら若者は、娘をいとしく思いはじめていました。

 それからというもの、若者は何も訊ねず、ひたすら夜を待ち、楽しいひとときを過ごすことに没頭しました。

 秋が過ぎ、厳しい冬になりました。もう近頃では漁に出ることもなく、昼間は夜のつづきの夢を見て、若者はのらりくらりと生きるようになっていました。その上、娘に精を吸い取られてしまったのか、次第にやせ細ってゆくようでした。

 みぞれの降るある夜、若者はとうとう体をこわして寝込んでしまう羽目になりました。それでも娘はトントンと裏戸を叩き、すーっと入って来て、若者の枕辺に座りました。そして、いつものように眼をふせたまま、そっとにじり寄って来るのです。
『今夜は、もう駄目だ。しばらく、そっとしておいてくれ。そのうちまた元気を取り戻すから』
 さすがの若者も力無く、そう言って眼をつぶりました。

 すると娘は、にっこり笑って勝ち誇ったように口を開きました。
『今だから申しましょう。私は、この浜に住むツウボ貝です。私には末を契ったコウボ貝が居ました。いつも私たちは、仲良く波乗りをしたり、砂にもぐったり、潮のかけっこをしたりして楽しく暮らしていました。ところが、夏が近づいたあの日、そう、あの霧雨の降る夕方です。あなたは私の大事なひとを鍬で叩き殺してしまいました。私は、その仇を討つために…』
 そこまで言って、娘は、また笑いました。しかし、その笑顔は、口元だけが少し動く程度の、ぞっとするような冷たさがあったといいます。そして、声までが老婆のようにしわがれて低く、若者のはらわたをえぐるように響きました。
『私は、その仇を討つために、夜毎、あなたのもとに通って来たのです。あなたは、日に日に、やせおとろえてきました。でも、まだ当分は死にません。このまま動くことも出来ず、死ぬことも出来ず、しばらくの間、苦しみを味わうことです。それでもまだ私の恨みは晴れませんが、私も、もう力つきてしまいました。だから…』
 酒に酔ってでもいるように、娘はゆっくり立ち上がりました。その眼には二筋の涙が、暗がりの中にもはっきりと見えたそうです。
『だから、海へ戻って、いとしい方のそばへ参ります』
 そう言い終えると、すーっと娘の姿はかき消えました。

 それから何ヶ月もの永い間、若者は寝たままで生きつづけました。
『ツウボ貝も、コウボ貝も、俺は、あんまり採りすぎた。知らなんだ、知らなんだ。ツウボ貝も、コウボ貝も…』
 朝も、昼も、夜も、毎日毎日、若者は、そんなウワゴトを言いつづけ、そして飢え死んだということです。


富田義弘著「平家最後の砦 ひこしま昔ばなし」より

(注)
コウボ貝というのは、通称ミル貝のことである。
巌流島の沖合いから田ノ首を経て福浦湾まで、今でも海底の粘土質の中から多く採れるが、これは捕獲を禁止されている。
先年も、ミル貝を乱獲して売り捌いた男が密漁容疑で捕らえられたという記事が新聞に出ていた。
ツウボ貝というのは、瀬戸貝、あるいは貽貝と呼ばれ、地元では夫婦子貝とも呼んでいる。
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Posted on 2019/03/08 Fri. 09:21 [edit]

category: ひこしま昔ばなし

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