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彦島のけしき

山口県下関市彦島から、風景・歴史・ものがたりなど…

農業者の団体組織と生産進歩の過程9 

農業者の団体組織と生産進歩の過程9


「カンラン」のほかに彦島には「ハルナ」というもう一つの登録品種があります。
これは全国で唯一の登録品種であります。
「ハルナ」は冬野菜がなくなった後に出る野菜で、夏分利用されるので日本各地で賞用されている品種であります。
この種子も引っ張りだこであります。
したがっていくら採種しても足らない状況であります。
一般に種にいろいろ混じりものがありますが、彦島のこの二品種に限り精選された立派な種子でありますので、採種の時期は注文が殺到して困っているような状況であります。

農協ではこの二種類の採種を島内各地の農家に割り当て、統制をとりつつ品質の向上をはかっております。
市当局におきましても積極的に助成してくれております。

このように全国的に高い評価が得られたのも、農民の誠意ある努力の賜物であります。
また、ほかでは見ることのできない改良品種であるということは私たちの誇りでもあります。


古老が語る郷土の今昔「ひこしま発展誌」より
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Posted on 2019/03/04 Mon. 11:39 [edit]

category: ひこしま発展誌

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04

耳なし芳一 

耳なし芳一


 むかしむかし、下関(しものせき→山口県)に、阿弥陀寺(あみだじ→真言宗の寺)というお寺がありました。
 そのお寺に芳一(ほういち)という、びわひきがいました。
 芳一は幼い頃から目が不自由だった為に、びわのひき語りを仕込まれて、まだほんの若者ながら、その芸は師匠の和尚(おしょう)さんをしのぐほどになっていました。
 阿弥陀寺の和尚さんは、そんな芳一の才能(さいのう)を見込んで、寺に引き取ったのでした。

 芳一は源平(げんぺい)の物語を語るのが得意で、とりわけ壇ノ浦(だんのうら)の合戦のくだりのところでは、その真にせまった語り口に、誰一人、涙をさそわれない者はいなかったそうです。

 そのむかし、壇ノ浦で源氏と平家の長い争いの最後の決戦が行われ、戦いにやぶれた平家一門は女や子どもにいたるまで、安徳天皇(あんとくてんのう)として知られている幼帝(ようてい)もろとも、ことごとく海の底に沈んでしまいました。
 この悲しい平家の最後の戦いを語ったものが、壇ノ浦の合戦のくだりなのです。

 ある、蒸し暑い夏の夜の事です。
 和尚さんが法事で出かけてしまったので、芳一は一人でお寺に残ってびわのけいこをしていました。
 その時、庭の草がサワサワと波のようにゆれて、縁側(えんがわ)に座っている芳一の前で止まりました。
 そして、声がしました。
「芳一! 芳一!」
「はっ、はい。どなたさまでしょうか? わたしは、目が見えませんもので」
 すると、声の主は答えます。
「わしは、この近くにお住まいの、さる身分の高いお方の使いの者じゃ。殿が、そなたのびわと語りを聞いてみたいとお望みじゃ」
「えっ、わたしのびわを?」
「さよう、やかたへ案内するから、わしの後についてまいれ」
 芳一は身分の高いお方が自分のびわを聞きたいと望んでおられると聞いて、すっかりうれしくなって、その使いの者について行きました。
 歩くたびに、『ガシャッ』、『ガシャッ』と音がして、使いの者は、よろいで身をかためている武者だとわかります。
 門をくぐり広い庭を通ると、大きなやかたの中に通されました。
 そこは大広間で大勢の人が集まっているらしく、サラサラときぬずれの音や、よろいのふれあう音が聞こえていました。
 一人の女官(じょかん→宮中に仕える女性)が、言いました。
「芳一や。さっそく、そなたのびわにあわせて、平家の物語を語ってくだされ」
「はい。長い物語ゆえ、いずれのくだりをお聞かせしたらよろしいのでしょうか?」
「・・・壇ノ浦のくだりを」
「かしこまりました」
 芳一は、びわを鳴らして語りはじめました。

 ろをあやつる音。
 舟に当たってくだける波。
 弓鳴りの音。
 兵士たちのおたけびの声。
 息たえた武者が、海に落ちる音。

 これらの様子を、静かに、もの悲しく語り続けます。
 大広間は、たちまちのうちに壇ノ浦の合戦場になってしまったかのようです。
 やがて平家の悲しい最後のくだりになると、広間のあちこちから、むせび泣きがおこり、芳一のびわが終わっても、しばらくは誰も口をきかず、シーンと静まりかえっていました。
 やがて、さっきの女官が言いました。
「殿も、たいそう喜んでおられます。
 良い物を、お礼に下さるそうじゃ。
 されど、今夜より六日間、毎夜そなたのびわを聞きたいとおっしゃいます。
 明日の夜も、このやかたにまいられるように。
 それから寺へもどっても、この事は誰にも話してはならぬ。
 よろしいな」
「はい」

 次の日も、芳一は迎えに来た武者について、やかたに向かいました。
 しかし、昨日と同じ様にびわをひいて寺に戻って来たところを、和尚さんに見つかってしまいました。
「芳一。今頃まで、どこで何をしていたんだね?」
「・・・・・・」
「芳一!」
「・・・・・・」
 和尚さんがいくらたずねても、芳一は約束を守って一言も話しませんでした。
 和尚さんは芳一が何も言わないのは、何か深いわけがあるに違いないと思いました。
 そこで寺男(てらおとこ→寺の雑用係)たちに、芳一が出かけるような事があったら、そっと後をつけるようにいっておいたのです。

 そして、また夜になりました。
 雨が、激しく降っています。
 それでも芳一は、寺を出ていきます。
 寺男たちは、そっと芳一の後を追いかけました。
 ところが目が見えないはずの芳一の足は意外にはやく、やみ夜にかき消されるように姿が見えなくなってしまったのです。
「どこへ行ったんだ?」
と、あちこち探しまわった寺男たちは、墓地へやってきました。
 ビカッ!
 いなびかりで、雨にぬれた墓石が浮かびあがります。
「あっ、あそこに!」
 寺男たちは、驚きのあまり立ちすくみました。
 雨でずぶぬれになった芳一が、安徳天皇の墓の前でびわをひいているのです。
 その芳一のまわりを、無数の鬼火が取り囲んでいます。
 寺男たちは芳一が亡霊(ぼうれい)にとりつかれているにちがいないと、力まかせに寺へ連れ戻しました。

 その出来事を聞いた和尚さんは、芳一を亡霊から守るために、魔除けのまじないをする事にしました。
 その魔除けとは、芳一の体中に経文(きょうもん)を書きつけるのです。
「芳一、お前の人なみはずれた芸が、亡霊を呼ぶ事になってしまったようじゃ。
 無念の涙をのんで海に沈んでいった、平家一族のな。
 よく聞け。
 今夜は誰が呼びに来ても、決して口をきいてはならんぞ。
 亡霊にしたがった者は、命を取られる。
 しっかり座禅(ざぜん)を組んで、身じろぎひとつせぬ事じゃ。
 もし返事をしたり声を出せば、お前は今度こそ殺されてしまうじゃろう。
 わかったな」
 和尚さんはそう言って、村のお通夜に出かけてしまいました。

 さて、芳一が座禅をしていると、いつものように亡霊の声が呼びかけます。
「芳一。芳一。迎えにまいったぞ」
 でも、芳一の声も姿もありません。
 亡霊は、寺の中へ入ってきました。
「ふむ。・・・びわはあるが、ひき手はおらんな」
 辺りを見回した亡霊は、空中に浮いている二つの耳を見つけました。
「なるほど、和尚のしわざだな。
 さすがのわしでも、これでは手が出せぬ。
 仕方ない。
 せめてこの耳を持ち帰って、芳一を呼びに行ったあかしとせねばなるまい」
 亡霊は芳一の耳に、冷たい手をかけると、
 バリッ!
 その耳をもぎとって、帰って行きました。
 そのあいだ、芳一はジッと座禅を組んだままでした。

 寺に戻った和尚さんは芳一の様子を見ようと、大急ぎで芳一のいる座敷へ駆け込みました。
「芳一! 無事だったか!」
 じっと座禅を組んだままの芳一でしたが、その両の耳はなく、耳のあったところからは血が流れています。
「おっ、お前、その耳は・・・」
 和尚さんには、全ての事がわかりました。
「そうであったか。
 耳に経文を書き忘れたとは、気がつかなかった。
 何と、かわいそうな事をしたものよ。
 よしよし、よい医者を頼んで、すぐにも傷の手当てをしてもらうとしよう」
 芳一は両耳を取られてしまいましたが、それからはもう亡霊につきまとわれる事もなく、医者の手当てのおかげで傷も治っていきました。

 やがて、この話は口から口へと伝わり、芳一のびわはますます評判になっていきました。
 びわ法師の芳一は、いつしか『耳なし芳一』と呼ばれるようになり、その名を知らない人はいないほど有名になったという事です。

おしまい
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Posted on 2019/03/04 Mon. 10:47 [edit]

category: 下関の民話

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龍宮島 

龍宮島


 むかし、福浦の港には海賊が出入りして良民を苦しめていた。海賊の屋敷は、この港のあちこちに散らばっていたが、中でも対岸の伝馬島にあるのが一番大きかった。

 ある日のこと、
『あの島の海賊をみんなで退治しようじゃないか』
 という相談がまとまって。村の若い衆が総出で討伐に出かけることになった。

 さて、夜も寝しずまったころ、舟で島に渡り、そぅっと上陸してみたが、どこにも人の気配がない。
『おかしいぞ、こんな筈はない』
 小さな島のこと、みんなで手分けして探し歩いたが、猫の子一匹見つからなかった。
『今夜は、また沖へ出て、悪いことでもしよるんじゃろう。明日の夜、また出なおして来うじゃないか』
 一人の若い衆がそう言ったが、みんなは、なおも、そろっ、そろっと、足音をしのばせて探し歩いた。と、闇のすそからギーっと音がして、一本の松がぐっと傾いた。若者たちは驚いて一斉に身を伏せ、眼をこらした。
 すると、松の根方にぱっくりと穴があいて、雲をつくような大男が出て来た。一人だけではない。二人、三人、四人、九人、十人…と、出るわ出るわ、あとからあとから、数えてみると三十六人。
 大男のくせに足音も立てず、どこからともなく引いてきた船に分乗すると、すーっと屁のように沖へ消えて行った。

 若者たちは、松のまわりに集まって互いに顔を見合わせていたが、突然、一人の度胸者が、松の木を傾けて、根元の穴に入っていった。しばらくの間、ぼゃあっとそれを見ていた若い衆らも、気をとりなおして、そのあとにつづいて入った。

 そして、仰山たまげた。

 穴の中は立派な御殿、いや、さながら龍宮城で、金銀財宝が山と積まれていたからだ。その奥では、美しい着物で着飾った女たちが、ワイワイ騒いで酒盛りの最中であった。
 若者たちは、すっかりその雰囲気にのまれて、しばらく立ちつくしたままだった。すると女たちもそれに気づいたのか、
『まあ、あなた達は、むこう岸からいらしたのですね。私たちは、ずーっと永い間、お待ちしていました。さあ、こちらへどうぞ』と手招きして、大いにもてなしてくれた。
 若者たちは、夢遊病者のようにその宴の輪にさそい込まれ、思わず、時間も目的も忘れて美酒に酔いしれてしまった。
 そうしているうちに、海賊どもがぞろぞろと戻って来て、若ものたちは捕らえられたが、たった一人だけ、命からがら逃げ帰り、村の人びとにこのことを告げた。

 あくる朝、村の人びとは総出で伝馬島に押しかけ、若者たちを救おうとしたが、不思議なことに、前の晩の松はどこにも見当たらなかった。
 その夜から、付近の海を荒らす海賊たちは現れなくなったからそれは良いとしても。とらえられた若い衆の行方も、わからないままであったという。


 海賊が居なくなって静けさを取り戻した福浦の人びとは、伝馬島に若衆たちの墓を建てて『龍宮島』と改め、海賊退治に出向いた人びとの勇気をいつまでも語り伝えた。


富田義弘著「平家最後の砦 ひこしま昔ばなし」より

(注)
龍宮島は、福浦湾の奥まったあたりの、塩浜寄りにある小島であるが、今は陸続きとなっている。
通称、リンゴ山、昔は『海賊島』とも呼ばれていた。
現在、塩浜町の小公園になっているが、この名称は『リュウグウが転じてリンゴになった』と言われている。
尚、この近くには、他にも『海賊谷』『海賊の口』『海賊泊り』『海賊屋敷』などの地名や伝説が残っている。
また、海賊の人数が三十六人というのは、六十三隻江良の逆数であることを考え合わせて、面白い。
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Posted on 2019/03/04 Mon. 10:27 [edit]

category: ひこしま昔ばなし

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