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彦島のけしき

山口県下関市彦島から、風景・歴史・ものがたりなど…

神社の史実とその祭事5 

神社の史実とその祭事5


廃藩置県後の神事の運営は、篤志家や南風泊・福浦・阿弥陀寺・観音崎町の船問屋などからの支援を受けて継続しましたが、明治20年代初めに「老の山」に砲台ができましたので、小戸寄りの草原が使用困難になりました。
したがってこの神事を八幡宮社務所で行っておりましたが、これも形だけの継続でした。
第二次世界大戦も終わり囲碁も盛んになりましたので、彦島の囲碁愛好家が集まって「囲碁奉賛会」を設立し。今年も268回目の神事を無事済ませたのであります。

この辺りで神社神事の実況の録音があれば聞かせてもらいたいのですが。

それでは最後にRKB毎日放送が八幡宮例祭を取材した録音を聞いて頂きましょう。


古老が語る郷土の今昔「ひこしま発展誌」より


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Posted on 2019/02/10 Sun. 11:42 [edit]

category: ひこしま発展誌

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下関の地名35 下関 

下関


下関も古くから登場していた地名で、文書として確認できるのは、貞観11年9月27日付けの「太政官符」(当時の朝廷の出した文書)です。
「下関権軍毅一人 主帳一人 兵士百人」
と記された太政官符の内容は、下関に権軍毅(副大将)を一人、主帳(書記)を一人、兵士百人を配置するというものです。
同じ項目に、豊浦団として、軍毅二人とあり、主帳と兵士の記述部分は欠落していますが、兵士は四百人であろうとされています。
この文書は、大陸からの外敵襲来に備えて、軍備を整えた様子を記したもので、長府(豊浦)に本隊があり、下関にその分隊を置き、その規模を示しています。
長府には四倍の兵力が置かれていたことになります。

「下関」は「上関」に対しての言葉と思われます。
上関は、山口県の東部にあり、瀬戸内海の重要な交通拠点に位置しています。下関に比べ、京都に近いことから「上」の名がつけられたものでしょう。

「下関」は、近代になって登場した地名のように思われがちですが、古くからあった地名ということがわかります。


「下関の地名」下関市教育委員会刊行より
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Posted on 2019/02/10 Sun. 11:08 [edit]

category: 下関の地名

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