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彦島のけしき

山口県下関市彦島から、風景・歴史・ものがたりなど…

教育施設の変遷14 

教育施設の変遷14


彦島の教育ということに対して昔から熱心な方が多いようでございますね。
次に彦島の図書館についてお願いいたします。

彦島に置かれました最初の図書館について申し上げますと、大正4年に大正天皇御即位大典を記念して、村立彦島図書館の本館設立が発起されまして、村内有志の寄付金約一千円を基金として、翌5年1月彦島尋常高等小学校内に開館する運びになったものでございます。
その後館長には彦島尋常高等小学校校長がこれを兼任して、同校内に併置することになりまして、一般の貸し出しや巡回書庫の閲覧を奨励したのであります。
これが彦島の図書館の最初の状況であります。

現在彦島には幼稚園や保育園が8、9箇所あるように思われますが、彦島の最初の幼稚園などはいつ頃からあったのでしょうか。

現在では幼稚園教育は非常に盛んになりまして、今お話にありましたように多くの幼稚園などがありますが、彦島の最初の幼稚園と申しますと、私立彦島幼稚園というのでして、仏教婦人会が家庭からの要望に応じまして、昭和6年9月に彦島養育園と改称したものであります。
幼稚園の園舎には専立寺の本堂を充てまして、園児約90名を収容し、遊戯、唱歌、談話、詩、自由画等の保育項目を課して、幼児の心身の健全な発達と善良な性情の涵養に努めたのでありまして、今から思いましても進歩的なものであったと考えられるのであります。

大変長い時間ありがとうございました。
ますます彦島の教育が充実していきますように我々も願う次第であります。


古老が語る郷土の今昔「ひこしま発展誌」より
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Posted on 2019/02/05 Tue. 09:58 [edit]

category: ひこしま発展誌

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下関の地名31 響灘 

こびんおおひと


 むかし、世界旅行に出かけたおおひとが彦島をまたごうとした時、連れていたお転婆でヤンチャな一人娘が
『おなか、へったあ』
 といって座り込んでしまった。
 父親のおおひとは驚いて、
『すぐそこの海まで行きゃあ、好きなだけ魚が泳ぎよるけえ、もうちっと元気出せ』
 と、なだめすかしたが、娘はもう、テコでも動かなかった。やむなく、おおひとは、すぐ近くの浜辺でタコ、サザエ、エビ、イサキなどの海の幸を手掴みで採っては娘に食べさせた。

 だから、娘がへたばって尻もちをついた浜辺を『江尻』といい、南風泊から西山へかけての海辺には、『タコ岩』『サザエの瀬』『エビタ』『イサンダ』などという地名が残った。

 たらふく食べて、ようやく元気になった娘は『ヨイショ』と立ち上がり、そばにあった石に足をかけ『ヤッ』と玄界灘めがけて旅立って行った。
 父親のおおひとは大慌てで海に入り波をヒザでかき分けて娘のあとを追うたが、その時の波音があまりにも大きかったので、響灘と呼ばれるようになったという。


富田義弘著「平家最後の砦 ひこしま昔ばなし」より


(注)
西山の波高バス停の近くに『明神』と呼ばれる祠がある。そのそばに『こびんおおひと』の足跡だと伝えられる石が残っている。
『おおひと』の地名としては、本村のほかに、西山フイキンの浜が『大人崎』で、田の首の生板の瀬に『大人岩』があり、弟子待には、『大人足跡砲台』か゜実存していたことが、『白石家文書』に記されている。
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Posted on 2019/02/05 Tue. 09:38 [edit]

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