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彦島のけしき

山口県下関市彦島から、風景・歴史・ものがたりなど…

教育施設の変遷1 

教育施設の変遷1

語り手 山崎弥三郎
語り手 中村 教諭
語り手 飯田 教諭

山崎弥三郎
私は江の浦小学校校長の山崎であります。
かねて彦島教育の沿革について、ご依頼を受けておったわけでございますが、ただ今から本校の教諭である中村・飯田両氏の調査研究に係る、郷土の教育の沿革とその推移について、私の代わりにお話をいたします。

朗読
「教育基本法第一条 教育は人格の完成を目指し、平和的な国家および社会の形成者として、真理と正義を愛し個人の価値を尊び、勤労と責任を重んじ、自主的精神に満ちた心身ともに健康な国民の育成を期して行わなければならない」

昭和22年4月に学校教育法が施行され、六・三制が発足いたしまして、今年はちょうど10周年を迎えました。
現在彦島に小学校が3校、そして中学校が2校ございます。
学んでおります児童数はざっと1万名、男子5535名、女子4750名です。

ずっと昔、彦島の教育はどのようにして行われていたのか、ただいまからお話を進めてまいります。

それでは学制領布を中心に、お話を進めてまいりたいと存じます。


古老が語る郷土の今昔「ひこしま発展誌」より
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Posted on 2019/01/22 Tue. 10:38 [edit]

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下関の地名18 福浦 

福浦


冨観台(金比羅神社の地)と貯木場で知られる“福浦(ふくうら)”は、海賊島という異名もあって、昔は海賊の根拠地だったとの伝えも残っています。
福浦が本格的に開発されはじめたのは、天文の頃からとされ、特に江戸中期に北前航路が盛んになると、船の風待ち潮待ちの港として繁盛しました。
入り江へ安全に入港させるため、冨観台には灯台施設の前身といわれる“灯明台”が設けられていました。
こうしたことからも“福浦”という地名は、船乗りたちにとって“福”の浦だ…という意味が込められていたようです。


「下関の地名」下関市教育委員会刊行より
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Posted on 2019/01/22 Tue. 09:38 [edit]

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