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彦島のけしき

山口県下関市彦島から、風景・歴史・ものがたりなど…

地域の史実と口碑伝説16 

地域の史実と口碑伝説16


現在の福浦港は風波のため土砂が積もり浅くなり、港の中はガラ空きで寂れていますが、明治中期までは非常に繁盛したものであります。

また汽車汽船のない頃の運搬機関は全て帆船に依存していたので、北前すなわち北陸や北海道の米やニシン、昆布などの豊富な特産物を大阪に運ぶには、太平洋を通らずにほとんど日本海・玄界灘・瀬戸内海というコースでありまして、その船が往復とも福浦に寄港したので自然繁盛せざるを得ません。

船は北前船と申しまして、米千石を積むことができる堂々とした大船でありますが、追い風でないと走れないという、すこぶる不便な船であります。
船には船頭以下十数人が乗り込んで、まず大阪を出帆して福浦港まで下ってきて風待ちするのであります。
福浦はあの恐ろしい玄界灘に出る最後の寄港地であります。


古老が語る郷土の今昔「ひこしま発展誌」より
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Posted on 2019/01/13 Sun. 12:31 [edit]

category: ひこしま発展誌

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下関の地名11 彦島(ひこしま)1 

彦島(ひこしま)1


下関市の南西に位置する彦島は、生野村に次いで、昭和八年に下関市に合併しました。
明治二十二年当時、彦島は六連島を含め“彦島村”と呼ばれ、大正十年に彦島町となり、下関市と合併しました。

彦島の地名が文献に現れるのは、八世紀にまとめられた「日本書紀・仲哀紀」が最古のもので、
「筑紫の伊観県主の祖五十いとで、天皇の行を聞きて、五百枝の賢木を抜じ取りて、船の舳先立て、上つ枝には白銅鏡をかけ、下枝には十握の剣をかけ、穴戸の引島に参迎へて…」とあります。

また、天治年代の歌人源俊頼の「袖中抄」には“ひくしま”と詠いこんだ作品を見ることができます。


「下関の地名」下関市教育委員会刊行より
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Posted on 2019/01/13 Sun. 11:59 [edit]

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