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彦島のけしき

山口県下関市彦島から、風景・歴史・ものがたりなど…

地域の史実と口碑伝説5 

地域の史実と口碑伝説5


一方、宮本武蔵は播磨の国の住人、新免無二斎の子であり二刀流を編み出した武芸者であります。
生まれつき剣道の天才であって十三歳のときから剣をもって勝負すること六十余度、その相手をほとんど打ち殺して一度も負けたことのないという、古来無双の猛者でありまして、後世彼を称して剣聖というのもまことに無理からぬことと思います。

六尺豊かな巨体で、いつも長い着物を裾引いて歩いていたということであります。
一生独身でありましたが、号を二天と称して学問もあり、かつ絵もはなはだ巧みでありました。


古老が語る郷土の今昔「ひこしま発展誌」より
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Posted on 2019/01/01 Tue. 11:28 [edit]

category: ひこしま発展誌

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豊関ことばについて 7 

豊関ことばについて 7

むかし、伊崎、安岡、安岡、吉見あたりの漁師たちは、
「オダンダーワッチは島でも聞くが、ワシらは沖ィ出て波に聞く」と唄ったものだという。
「オダン」「ダー」「ワッチ」は、いずれも、「私」という意味である。
「オダン」は、主として男性が用い、「ワッチ」は女性、あるいは老人用語であった。
使用範囲は下関全域と北浦、菊川、西市、小月と、かなり広い。

しかし、この場合の「ダー」だけは彦島の海士郷と田ノ首の漁師の間でのみ使われていた。
同じ彦島でもこの二地区以外では全く聞かれなかった「ダー」という一人称は確かに珍しい言葉で、
「オダン・ダー・ワッチは島ことば」
とも唄われたというその背景には「ダー」を使う島びとに対する優越感があったのかもしれない。
しかし、今、海士郷に行って古老を訪ね「ダー」を聞こうとしても、とうてい無理であろう。
それほど方言は、急速にすたれつつある訳だ。


冨田義弘著「下関の方言」赤間関書房刊より
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Posted on 2019/01/01 Tue. 11:16 [edit]

category: 下関弁辞典

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彦島大橋を仰いで【老の山】 

彦島大橋を仰いで【老の山】


2500万年前という、とほうもない太古の貝が、化石となって現在なお姿をとどめている西山海岸を後にすると、彦島の海岸めぐりも、最後のコースとなります。

彦島で海水浴を楽しむことができる唯一の場所「西山海水浴場」には、北九州からの海水浴客が訪れて、すこぶるにぎわいを見せた一時期もありましたが、最近では、その数も少なくなっているそうです。

初冬の風に向かって沖を望むと、波間に多くのウキが浮かび、ワカメの養殖場を示しています。
養殖ワカメは、吉見の水産指導所で5月ごろ縄に種付けし、海に張られるのは10月、そして順調にすくすくと育ったワカメは、12月には家庭の食卓を飾ることになのます。

老の山下の岩場を過ぎると、コンクリート橋では日本二位(第一位は浜名大橋)の彦島大橋が、ゆるやかな曲線の美しい姿を見せてくれます。

橋を仰いで小門海峡沿いに海士郷へ、その途中には、平家の落武者夫婦の悲しい伝説「身投げ岩」別名「きぬかけ石」があり、石造の観音菩薩像が、青い流れに影を投げかけています。

海士郷からは、バス道路を経て彦島公民館へ、一周およそ28キロメートルの変化に富んだ彦島の海岸めぐりは終わりです。


下関市教育委員会編「わがふるさと見て歩き」昭和58年発行
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Posted on 2019/01/01 Tue. 10:57 [edit]

category: わがふるさと見て歩き

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