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彦島のけしき

山口県下関市彦島から、風景・歴史・ものがたりなど…

現配水場 

ひこしま発展誌より
現配水場(昭和49年)
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Posted on 2018/11/20 Tue. 09:20 [edit]

category: ひこしま発展誌

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下関の方言 ほ…の部 

下関の方言 ほ…の部

ぼんとんぼ
 赤とんぼ。

ほんに
 本当に。

ほんにほんに
 そうだそうだ、

ぽんぽら
 節を抜いた竹の筒。

ほんま
 本当。

ほんや
 母屋。

ほんやね
 瓦葺の屋根。

ぼんれい
 盆の里帰り。


冨田義弘著「下関の方言」赤間関書房刊より
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Posted on 2018/11/20 Tue. 09:17 [edit]

category: 下関弁辞典

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戦災を免れたのちの不幸な火災1 

戦災を免れたのちの不幸な火災1

昭和22年10月の長府の火災は、まさに大火というべきもので、10月17日の午後3時50分頃、長府土居の内町の民家から出火し、土居の内町、中之町、惣社町、南浜から壇具川辺におよぶ広範囲な大火となり、687棟を焼失。
被災面積94120平方メートル、被災者2406人、負傷者21人という大惨事となった。

また終戦後間もなく、進駐軍として駐留していたニュージーランド兵も消火作業に努めてくれたのであるが、この一帯が商店・民家の密集地であったことと、消火機材の不備から、結果として大きな被害を出してしまった。
原因は油の引火で、損害額はおよそ1億5000万円であったという。

下関は、西日本でも広島に次ぐ戦災都市で、昭和20年6月29日と7月2日の大空襲によって焦土と化した。
せっかくそういう状況から免れた長府が、このようなかたちで大火に見舞われたのは、まことに残念なことであった。

(清永唯夫)

図説「下関の歴史」より
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Posted on 2018/11/20 Tue. 09:05 [edit]

category: 下関の歴史論文

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