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彦島のけしき

山口県下関市彦島から、風景・歴史・ものがたりなど…

下関の方言 ひ…の部 

下関の方言 ひ…の部

ひっくり
 しゃっくり。

ひつこい
 しつこい。

ひっしもっし
 一生懸命。
 ようやく。

びったれ
 無精者。
 不潔な女。だらしない女。
 よく泣く子供。

びったれほーろく
 冬が近いことを告げる寒波。

ひっちゃかましい
 非常に面倒な。
 大変やかましい。

ひっつきぼ
 アメリカセンダン草。

ひっつきほっつき
 まとわりつく様。
 いちゃつく。

ひっつらかす
 まき散らす。

ひっぱり
 血縁。親族。

ひてる
 捨てる。

ひどーに
 ひどく。強く。

ひとがた
 呪い釘の藁人形。

ひとくさり
 ずぶ濡れ。びしょ濡れ。
 浪曲。


冨田義弘著「下関の方言」赤間関書房刊より
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Posted on 2018/11/09 Fri. 10:56 [edit]

category: 下関弁辞典

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郡部にも洋風建築の新風2 

郡部にも洋風建築の新風2

一方、豊北町滝部の豊北町歴史民俗資料館の建物は、木造二階建て、寄せ棟造り桟瓦葺き、延べ床面積1041.25平方メートルとかなりの規模を持ち、正面のドリス式の柱に支えられた三連アーチ、上部バルコニーのイオニア式列柱、その上部に楕円形窓、屋上の塔屋にも変化があるなど、ルネッサンス様式の西洋建築を木造で構成した代表的な大正建築である。

我が国の明治・大正時代における近代化遺産ともいうべき洋風建築物は、学校建築に多く見られることがひとつの特徴ともなっているが、この建築もその事例のひとつである。
しかも学校の統廃合の中で消えていくべき運命にあった建物が、昭和55年11月以降、整備されて歴史民俗資料館として再活用されていることの意義は大きい。

なお旧滝部小学校の校舎としてのこの建物が、地元出身の大実業家中山太一兄弟の寄贈によって建てられたもので、ドイツ人技師が設計し、宮大工として有名であった阿川の大工棟梁、橋本銀之助が建築にあたっているという歴史も忘れてはならない。

旧殿居郵便局とともに、山口県の有形文化財に指定されている。

(清永唯夫)

図説「下関の歴史」より
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Posted on 2018/11/09 Fri. 10:41 [edit]

category: 下関の歴史論文

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彦島町町訓 

ひこしま発展誌より
彦島町町訓
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Posted on 2018/11/09 Fri. 10:31 [edit]

category: ひこしま発展誌

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下関の方言 ひ…の部 

下関の方言 ひ…の部

ひざぼーず
 膝小僧。

ひざなおし
 花嫁の里帰り。

ひざる
 後ずさる。

ひだくむ
 あぐらを組む。

ひたじ
 吸い物。

ひたじき
 下敷き。

ひたった
 失った。なくした。

ひだぼーず
 膝小僧。

ひだりまえ
 倒産。

ひたる
 失う。
 専念する。

ひだるい
 けだるい。
 空腹。

ひち
 質屋。

ひちめんどう
 七面倒。

ひちりん
 七輪。

ひっかるう
 背負う。おんぶする。


冨田義弘著「下関の方言」赤間関書房刊より
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Posted on 2018/11/09 Fri. 10:04 [edit]

category: 下関弁辞典

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郡部にも洋風建築の新風1 

郡部にも洋風建築の新風1

大正時代となると、洋風建築への志向は、都市部ばかりでなく、しだいに周辺の郡部にも波及していった。
その代表的な遺産が豊田町の殿居の国道435線沿って建つ旧殿居郵便局と、豊北町滝部の旧滝部小学校校舎を整備再活用した豊北町歴史民俗資料館であり、ともに大正13年の完成である。

豊田町に郵便局が開設されたのは、明治6年5月のことで、当初は西市郵便取扱所として、山口県下で30番目の開設であった。
これに次いで開局したのが殿居郵便局で、同35年12月に集配業務を開始。
その後、同44年に電信業務も取り扱うようになった。

そうした業務拡張に伴って局舎も狭隘となってきたため、当時の局長であった河田寛は、大正10年頃から局舎の改築を計画し、まず地元の大工の棟梁山本安一を同道して上京し、洋風建築を見学してまわった。

そして帰郷後、その棟梁に建築を依頼し、大正13年3月、1500円の総工費をもって新局舎の完成をみたのである。

局舎の母屋は木造平屋で、基礎が花崗岩布石、外壁が横目板張り、屋根は鉄板葺き、破風に美しい意匠が施され、内部は事務室、宿直室、作業室で、その母屋に連なる木造八角塔屋二階建ての局長室の部分に特別な趣向がみられ、腰および小壁がモルタル塗りで、ほかは横羽目板張り、屋根が八角ドーム銅板葺きとなっているのが特に印象的である。

小規模ながらその洋風ぶりはモダンで、全体的な外観、構造ともに無理なくまとめられており、メルヘン風な雰囲気もあって、地方の風土にもよくとけあった好建築である。

(清永唯夫)

図説「下関の歴史」より
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Posted on 2018/11/09 Fri. 09:45 [edit]

category: 下関の歴史論文

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