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彦島のけしき

山口県下関市彦島から、風景・歴史・ものがたりなど…

下関の方言 な…の部 

下関の方言 な…の部

なおらい
 慰労会。

なかごめ
 ご飯の半煮え。

ながし
 よく…する。
 長く続いている状態。

ながじり
 長居。話好き。

なかびより
 重病人の一時的な小康。

なかま
 共有。

ながれひざ
 ひざくずし。

なきみそ
 泣きべそ。よく泣く子。

なぐれる
 仕事にあぶれる。

なごう
 長い間。

なさけない
 悲しい。
 酷い。
 気の毒な。

なして
 なぜ。どうして。

なしたまぁ
 なんともまあ。

なすび
 茄子。


冨田義弘著「下関の方言」赤間関書房刊より
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Posted on 2018/10/26 Fri. 10:26 [edit]

category: 下関弁辞典

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遊女おかめの人柱と町づくり3 

遊女おかめの人柱と町づくり3

ところで亀山八幡宮の五穀祭は別名八丁浜といい「ボンチ可愛やねんねしな」と唄いながら「八丁浜偉らやっちゃ」と囃し立てつつ踊る。
それは埋め立てた浜の広さと遊女おかめの心を讃える感謝の言葉である。

五月の海峡祭りで踊られる八丁浜を見て「博多どんたくの真似だ」という人が多いが、「ボンチ可愛や」の唄もシャモジも、明治20年代に下関の芸者や幇間らが博多に持って行って盛んになったもの。
ちなみに「品川女郎衆は十匁」の品川は長州藩の梅屋敷があった土地で、にわか面は、おかめのあばたを隠す意味のお亀面である。
なぜ大量の芸者が移動したしたかといえば、下関が厳しい要塞地帯となったからで、このとき明太子、おきゅうと、お菓子の淡雪なども一緒に博多に移されたと、先年まであった下関検番の人々は嘆いたものである。

(冨田義弘)

図説「下関の歴史」より
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Posted on 2018/10/26 Fri. 10:23 [edit]

category: 下関の歴史論文

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